《第百九十六話》『ばふんっ』
「なんで貴様にそんな事を話さなければならんのじゃ――ッ」
「え? ――あ、もしかして、昔過ぎて忘れ……」
「んなわけないじゃろう! 今でもあの時のことは鮮明に思いだせるのじゃ!」
そう言って、九尾の狐は当時の、平安時代のことを話し始めた。
こう言うのを――えっと、ちょろい、っていうんだっけ……。
「最初の出会いは、余が頭上から馬糞を浴びせられたときじゃ」
「ちょちょちょ、ちょっと、いきなり待って!? 早速何が起こったの!?」
「何って――それが奴との最初の出会いじゃから仕方あるまい。互いに幼かったとはいえ、余はその時の怨みを忘れてはおらぬぞ……ッ」
「ど、どうして呉葉はそんな事を?」
「周囲の人間から、母上に隠すように言われていた尻尾――しかし、他の人間共には見えなかったはずのそれが、当時はまだ人間じゃったやつにも見えた、らしいのう」
「見えたらなんで馬糞をかけたんだろう――」
「全くじゃ。貴様は一応アレの伴侶じゃろう? 言ってやってはくれまいかのう」
人間だった頃の呉葉――その時の話はあまり聞かないから、とても新鮮だった。思えばもう少し本人にも聞いてもよかったかもしれない。
「それにしても、奴もあのころとはずいぶん変わったものじゃ」
「そりゃあ、人間じゃなくなっちゃったんだから――」
「そうではない。いきなり馬糞をひっかけてくるような奴じゃったが、それでもかなり内気――もっと言えば、表情のないヤツだったんじゃ」
「呉葉が――?」
それは、今の呉葉からは想像ができなかった。普段すぐ怒り、笑う彼女の目まぐるしい表情の変化は、僕の日常の一部だ。
それだけに、やはり当時のことは興味が引かれた。




