《第百八十四話》『傾国の妖狐(笑)』
「藤原 鳴狐――!?」
「は、鼻が――っ、む、なんじゃなんじゃ!? 何故貴様らがここに居るのじゃ!?」
振り返ってみれば、湿ったタイルの上で転んでいる大妖狐・九尾の狐の娘、藤原 鳴狐がそこにいた。トレードマークの金色の尻尾が、まるで警戒している猫のように膨らみ立ち上がっている。
「むぅ、それはこっちのセリフだドジ狐。いいところであったのに邪魔をしおって」
「んむ? いいところ? ――んはははははっ! なるほどそれ僥倖、貴様への嫌がらせとなったのであれば、こうして転んだかいがあったと言うモノじゃ」
「こ、転んでもいいんだ――……、――……」
そ、それにしても――ううん、この状況は……。
温泉、大浴場。そんなところに服を着て入るのは、掃除のために入って来た従業員だけだろう。しかし、ここに居る誰も、勿論九尾の狐もそのようなためにいるわけではない。
つまり、だ。何が言いたいのかと言うと、だ。その妖狐の豊満な胸が、湿ったタイルの上で押しつぶされているのであり、だ。この光景は、男である僕としてはかなり目の毒――、
「視るな、ボケ夜貴」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああっっ!?」
呉葉の冷たい声と共に、両目に衝撃が走った。いきなり目をつかないでほしい!
「くははっ、どうやら貴様の旦那とやらは、余のだいなまいとぼでえに釘付けのようじゃのう! それに引き換え、貴様の身体の、なんと貧相なこと!」
「むぅ――! うるさいぞ、黙っていろ」
「これも、持って生まれた一つの才と言うヤツじゃ! 所詮鬼ごときでは、大妖狐の血を引くこの余の足元にも及ば――」
「耳垢がつまっているとは知らなかった」
「ぼろんばぁッッ!!?」
痛くて押さえて見えない視界の外で、なんだかすごい爆音が鳴った。
――とりあえず、今ので風呂場を壊していないか、それが僕には気にかかった。




