《第百七十一話》『ぶつかれる相手』
「――アレは、何をしてるんでしょう?」
なんだかんだ気にはなる、と言う呉葉やディア先輩に連れられ、僕達は物陰から狼山先輩を見守っていた。
――が、その狼山先輩は逆さまになったまま宙づりにされていた。
「ゆ、遊――?」
「…………」
「遊さん? おーい? 遊さーん――?」
「――――――――――――――――――――――――――――――サンドバッグ、の刑」
「――は? ほぶぅ!?」
「夜貴よ、アレが女の気持ちに鈍感な男の末路だ」
「えっ、なんでここで僕に振るの?」
「命拾いした、と言うことだ。ワケのわからない幽霊なんぞに自分のバレンタインチョコを渡されて怒らない女が、居ないはずがあるまい」
「えっ? あー、ああ、そう言うことだったのか――。って、それで僕に真っ先に言う理由にはならないんじゃ。チョコの意味は理解してるし……」
「――まあ、あの娘が怒っているのはそれだけじゃないんだけど」
ディア先輩は、ボコボコ殴られる狼山先輩を見て「うわ、あのストレートはエグイ」とか呟き、続きを紡ぐ。
「遊にとっては、狼山は家族――いや、それ以上のかけがえのない存在なのさ。何もかも失い、身体まで弄ばれ得体の知れない存在にされた。そんな中、同僚はかかわりがあっても自身は何の特殊な力も持っていないあいつが、躊躇なく手を伸ばしたんだ」
「――えっと、その、つまり?」
「ああして、遊やじゃれて甘えてるのさ。安心したよ、それ程深い傷にはなっていないみたいだ」
「僕には、すさまじく怒っているように見えるんですけど?」
あ、見事な飛び膝蹴り。
「――ああやって、本気でぶつかれるのも、信頼の証さ」




