《第百七十話》『人形のココロ』
「――あの時は、その後の方が大変だったよなァ、遊」
「…………」
そしてバレンタイン翌日の現在。俺と遊は任務を行ううえで互いに欠かせないパートナーとなった。俺の暗殺任務を、彼女は身体から伸びる糸や機転で補助してくれるので、すさまじく物事が円滑に進められるようになったのだ。
「無断で本部を飛び出したもんだから、危うくそれが元で処分――殺されるところだった」
「――……、」
「何とかなったから言うことはねぇんだが、あんときは本当に焦ったぜ。でも、無茶はそれに終わらなかったし、もっとマズいこともたくさんあった」
テーブルの上に腰かけ、背を向ける彼女の姿は、まさに本当に人形のようだった。ピクリとも動かないために、余計にそう思えるが――あらゆる意味で、ただの人形でないことは他の誰でもない俺が承知している。
俺がそうであったように、彼女もまた家族を失っていた。しかし違うのは、元人間だった彼女は生きながらにして今の姿にされてしまったことだ。
生き人形として生きることとなった遊は、世にも珍しい「玩具」としてよからぬ者達の間で幾度となく取引の対象となった。
それゆえ、心が壊れてしまったのか、言葉を大して紡ぐことはなく、表情も変わることはない。文字通り、人形のようになった思誓 遊。正直言って、それを見ることは出来ないんじゃないか。そう思っていた。
そんな遊が、はっきりと怒りをあらわにした。
何度も何度も俺を打ちすえ、そして苛立ちのままに歩き去る。顔も、いつものような無表情に見えて、どこか険のある様子で、それは確かに心持ちし者のそれだった。
「遊、すまねぇな。俺――」
だから、はっきり言うと嬉しかった。悪戯していても、それが成功しても笑わない遊が、しかし確かに心を持っている。
そう、喜んでいたんだがな――、




