《第百六十八話》『こう見えてもそこそこ長いんだ』
「転勤?」
同僚から、俺が近々地方の別の事務所へ移動するであろう、と言うことを聞いた。
別に、そう言うことは珍しくない。今現在は本部に席を置いている身であるが、その前はまた別の地方にいた。じきに、正式な通達も来るだろう。
「――と言うワケだ、しばらくお別れだな、遊」
「――!!」
転勤する、と言うのは仕方のないことだ。この国を、そして何も知らぬ人々を守るために、常にいろんな場所を見て回らねばならないのだから。
「お、おい、遊――?」
だが、遊は俺の腰に手をまわすと、そのまま鳩尾に顔をこすりつけてくる。その様子はまるで、どこへも行かせないようにしているみたいだ。
そう言えば、常日頃から離れたがらなかったな。だけど、別にそんなに嘆くようなことはない。
「別に、今生の別れになるわけじゃないぜ? そりゃあ、時間は格段に減るだろうけど、ちょくちょく様子を見に来るくらいはしてや――」
「――! ……っ! ――っっ!!」
しかし、遊は俺から離れようとはしなかった。言えば言うほど、そのか細い腕は俺を強く抱きしめてきた。
だが――、
「――あのな、遊。よく聞いてくれ」
「――?」
「俺だって、お前を連れて言ってやりたいとは思っている。けど、そうはいかねぇんだ」
どうしても、彼女を連れて行くことは出来なかった。なぜならば――、
「これから俺が転勤するところは、裏社会にいる中でも特にヤバいヤツが牛耳ってるところなんだ。いつ何時襲撃があっても、お前を必ず守れるなんて保証は出来ねぇからな」




