《第百六十四話》『バレンタイン戦争の敗北者』
「先日、所内で豆まきしたのを覚えてるよな?」
「は、はい、このビルの中を全員で回って――」
「だけど、ここのトイレだけは豆まきはしていなかった。掃除のおばちゃんが、面倒臭くなるからやめてくれって言ってな」
だから、僕らは他の場所だけで豆まきをした。勿論、ただの行事だったし、魔避けも何も、この場所は異質な者と戦うために人が集まった場所。そもそも、変なモノなんてそうそう侵入してこないからだ。
「ところが、その豆まきで、一体の亡霊がこのトイレに追いやられた。存在感が薄くて誰にも気が付かれなかったが、この場所に押し込められた――ええっと、悪い気? だかそんなもんが、多分そいつに力を与えちまったんだろ」
「それで、そいつに襲われたっていうのかい?」
「ちげぇよ、まだ続きがある。昨日の夜、俺は書類を居残って片づけてた。勿論途中で催してここに入ったわけだが――」
狼山先輩は話を続ける。その時その追いやられた亡霊とやらは、ある未練があってそこに留まっていたのだそうだ。その未練と言うのをしばらく忘れていたそうなのだが、
「どうやら、夜貴――」
「――?」
「お前が既婚者だと言うことをそいつは知っていて、そうしてやってきたバレンタイン。思いだしたらしいんだよ。バレンタインに女の子からチョコが貰えなかったっていう未練をな」
「な、なんだそのどうしようもなくしょうもない未練は――?」
「んで、既婚者の夜貴が奥さんである呉葉から本命チョコをもらうのは確実。そんな妬ましさで夜通し頭抱えてきたところに俺が来た」
「――アンタ、妖怪とか幽霊とかは専門じゃなかったよな?」
「全くだ。俺もついてねぇ。けどまあ、話を聞いてやるくらいは出来るからな。それで、羨ましいとか何とかそう言う話を延々と聞かされ――仕方ねぇから、その日遊にもらったチョコを分けてやった」
「――!」
「そうしたら、急にそいつがキレ出してそこにある洗剤を――」
「洗剤? ――あ、これからっぽだ」
「まあ一気飲みさせられたワケで、死にかけてたって――いでぇ!?」
その時、遊ちゃんが狼山先輩の足を思いっきり踏んづけた。




