《第百六十二話》『正体不明の加害者』
「ビルに誰かが侵入した様子はない、か」
警備室で聞いた話を全員に確かめるように、殺人現場であるトイレへと一緒に戻る呉葉はそう言った。
「で、でも、正面玄関から入ってくるとは限らないし、監視カメラも魔物の類だったら話から無いかも――、」
「いや、それは無いね。ウチの警備員は感知能力に長けた人員がそろってる。狼山のヤツが昨日からいた事まで含めて、聞くことができただろ?」
「だが、問題はそこではない、な」
「――と言うと?」
呉葉は神妙な面持ち僕らをちらりと見た。その顔には――確かに、緊張感が滲んでいた。
「犯人は、我々の中に居る、と言うことだ」
「そんな――」
しかし、僕らはそれをだれも否定できなかった。警備員さん曰く、ビル内で感じた気配は常に僕らのモノ。呉葉以外の、僕、ディア先輩、遊ちゃん、所長、そして狼山先輩のモノだけなのだ。
帰宅の関係で出入りはあっても、その人間に変化はない。すなわち、この中の誰かが、狼山先輩を殺害したことに相違無いのだった。
「――さて、まずは一人ずつアリバイを……ッ!?」
「どうしたのくれ――ッ!?」
突然言葉に詰まった呉葉に問いかけようとして、僕もおそらく同じ理由で、声を詰まらせた。
そこにあったはずの、狼山先輩の死体が、いつの間にか消えていた。




