《第百五十九話》『濡れ衣』
「えっ、狼山先輩は昨日家に戻ってなかったの?」
謎が謎を呼ぶ怪事件。彼と共に暮らしている遊ちゃんは、はっきりと僕らにそう告げた。
「とかなんとか言って、実はお前がやったのではないのか?」
「えっ、ちょっ――呉葉?」
「狼山の手元を見ろ」
そう言われて、僕らは言われた通りにした。どうでもいいけど、ベージュのハンチング帽とコート、それから木製のパイプなんて、どこから取り出したんだい君?
「何かの箱? 中身は空のようだけど……」
「開けられた包みやリボンを見る限り、バレンタインのチョコレートであると推測できる。そして――」
呉葉は、遊ちゃんからその大きな袋をひったくった。そしてすかさずそれを開けると――中から、全く同じカラーリングの組み合わせの箱が出てきた。
「これを見ればわかるだろう! 遊の作ってきたチョコレートのあまりのマズさに、それを食べた狼山は強いショックを味覚と胃袋に受け、ここで絶命したのだッ! ――あだっ!? あだだっ!? や、やめろ、遊!? 己が犯人だからと足を踏んで悪あがきするな!?」
うわぁ、あんなに強い勢いでヒトがヒトの足を踏んでいるのなんて初めて見た。――と言うか、呉葉のその言葉に、彼女は大層ご立腹らしい、と言うのが見て取れる。
「いや、でもさ呉葉ちん。それにしたっておかしいじゃないか」
「や、やめろと言うておろ――な、何がだ?」
「それだったら、なんでトイレなんだい?」
ディア先輩のその言葉に、呉葉はきょとんとなった。
「だって、普通トイレ入ってバレンタインのチョコなんて食べないだろ? しかも、大事な相棒からもらったものだ。チョコレートが原因にしちゃあ、ちょっとこの状況はおかしいと思うけど」
「…………」
「呉葉ちん?」
呉葉は黙りこくって、じっと狼山先輩を見つめる。――僕にはわかる。あのあてずっぽうな推理を簡単に論破されて、ものすごく焦っている、と言うのが。
そして、
「くぅ、捜査は振りだしか――っ」
呉葉は、ものすごく悔しそうにそう呟いた。――足を未だに遊ちゃんに踏まれ続けながら。




