《第百五十七話》『日常に隠れる不穏の闇』
「ほら、コーハイ」
「えっ、なんですか?」
あまり行う事務仕事もなく、かといって妖怪騒ぎがあるでもなく。そんなちょっと退屈な事務所の午前中。ディア先輩が綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。
「何言ってんだよ、バレンタインのチョコに決まってるじゃないか。まあ、いわゆる社交辞令と言うか、様式美と言うか、そんな感じのヤツだけどな」
「――でも、今日15日ですよ?」
「アタシが呉葉ちんより先に渡すわけにはいかないからな~。貰ったんだろ?」
「はい。フルーツの香りのするチョコでしたよ」
「おお、呉葉ちんも意外とシャレたことするじゃないか」
ディア先輩は、これでいてそう言う気づかいができるところもある。大抵は、自由奔放でこっちが振り回されるんだけどね。
「ちなみに、どんなチョコですかこれ?」
「ん? ウォッカボンボン?」
「ウォッカ!? ウイスキーじゃないんですか!? 僕未成年ですけど!?」
「商品分類上は酒類じゃないから大丈夫さ! 呉葉ちんと一緒に食べるといい」
な、なんだか大丈夫なんだろうかコレ? お酒には詳しくないけど、相当度数高いんじゃ――。
「あ、そうだ。遊も皆にチョコ配ってるみたいだから、後で受け取って――っと、噂をすれば」
「…………」
「あ、遊ちゃん? えっ、僕に?」
目の前に来た、サンタのように大きな袋を背負った彼女が取り出したのは、これまたきれいにラッピングされたチョコレートの箱だった。ピンクの紙に、赤いリボン。お店で買ったモノかもしれないけど、やっぱり誰かからこういうモノが貰えると言うのは嬉しいものだ。
――だけど、僕はこの時気が付くべきだった。彼女がいて、しかし相棒である、狼山先輩の姿が朝から見えないことに。




