《第百四十八話》『熱に浮かされ――』
「ただいまー」
家の扉を開けるが、普段と違い呉葉は迎えてくれない。いつもはどうやってタイミングを図ったんだと言いたくなるくらい、ぴったりそこにいるというのに。
「(まだ調子悪いのかな――)」
今朝も、青い顔をしながらベッドから出て見送ろうとする彼女を無理やり押しとどめたものだ。ううん、あの時は食べ過ぎのせいかとも思ったが、まさかそれだけでなく、煎った大豆の魔避け効果が原因だとは。
「お、おかえ、り、夜貴――」
「わ、ちょ、呉葉!?」
とかなんとか考えていたら、壁を支えにずるずると真っ白な影が。普段の服装も白を基調としたモノが多いが、それはパジャマも同様である。
「ふ、ふふふ、妾は大丈夫だ。大丈夫過ぎて、終わったゲームのレベル上げに、ミ、ミ○ド○ー○がダイエットでスリム体型だ。見てみるといい、五百円玉だぞ――」
「どう見ても悪そうなんだからおとなしく寝てなよ!? と言うか寝ててよ頼むから!?」
「そうもいくまい――っ、妾の腕で飛行機が三つ折りになって海中にドジョウが出てきて三千万のプライス価格なんだぞ……っ」
何を言っているのか全然わからない。アカン。こりゃ重傷だ。
「もーっ、やっぱり駄目じゃないか! ほら、早くベッドに――」
「は、離せぇ――っ! ま、まだ、やるべき家事が残っているる、のだ。具体的に言うと、大納言小豆なのだ……っ」
「意味が分からないよ!? というか、今朝より熱上がってない!?」
ああ、これはきっとあれだ。レベル上げうんぬんより、今言った通りきっと無理して家事をしようとしたからこうなったのだ。責任感の強い呉葉のことなので、原因とするには充分納得できた。
「絶対安静! わかった!?」
「ま、まて、まだパンクロックスーツが宇宙空間に――」
「これ以上ベッドから出ようとしたら、オシオキするからね!」
「ううっ、ショートケーキがマッシュルームカットなのだ――」
言動は支離滅裂だが、僕の言っていることは一応理解できているように思える。しゅんとなった顔が可愛いと思いながらも、これ以上彼女が心配しなくて済むよう、済ませるべき家事をさっさと済ませておくことにしよう。
――ああ、でも。その前に呉葉に夕食を作ってあげなきゃ。




