《第百四十五話》『鬼のアウェーな日』
「とうとう、とうとうこの日が来てしまったか――」
呉葉が、カレンダーとにらめっこしながら突然そんなことをつぶやきだした。その眉間には皺が寄り、何とも近寄りがたい雰囲気を放っている。まあ、声かけるんだけど。
「――どしたの? そんなことしてると、皺が抜けなくなるよ?」
「妾の肌は永遠の未成年だからそうはならぬ。そんなことよりな、来てしまった。来てしまったのだ、この日が」
「だから、いったい何が――」
「節分」
「えっ」
「一年に一度、鬼がアウェーになる、より具体的に言えばこれでもかと言うほど豆を投げられ、代わりに『お福』なる者が家に迎えられるという――」
「ちょちょちょちょい待ち、待って!? いや、確かに節分の概要として間違っては無いけど!?」
「捨てられる! 妾、捨てられる! おのれ夜貴、血も涙もない男め――ッ」
「――とりあえず、呉葉がわざとやってるってのは分かったよ。心配して損した」
まあ、何もないことが知れただけでもよかった、とも言えるけどね。
「むぅ、なんだなんだノリが悪いな」
「いや、だって――ついこの間九尾の狐の襲撃があって、そしてまたいつ来るかもわからないって言ってるのに……」
「だが、この鬼に豆を投げる日が憂いのある日であることには変わらないのだぞ? 毎年毎年、この行事の日が来ると、うちの一派は一日お通夜ムードに――」
「あ、主に気を使った結果だし、まあ――」
「おかげで、部下の鬼に豆を投げに行くこともできなかった」
「それはやめてあげなよ!?」
「勿論、ただのジョークでのつもりに決まってるじゃないか」
「でも、『鬼は外』って、言うつもりだったんでしょ?」
「それが様式美と言うモノだ」
「それ、本気でそのヒトでてっちゃうんじゃないかなぁ――零坐さんの冗談の通じなさを見てる限りでは」
「…………」
「…………」
「――互いに、交代しながら鬼の役をしようではないか」
「うん――冗談が分かる者同士でね、うん……」




