《第百四十一話》『舌ったらずな怖いもの知らず』
「は、ん――っ! それが、どうしたというのじゃ……ッ」
頭を押さえてよろめく九尾の狐。しかし、その目に滾る憎悪は消えてなどいなかった。
「余はその後がどうなろうと知ったことではない――! 例え母上が今の余を見てどう思おうとも、この怒りの炎を消すにはその道しかないのじゃ……ッ」
「くっ、この愚か者がァ――ッ!」
呉葉は刀を捨て、九尾の狐へと飛び掛かっていった。彼女の本来の力を知っている僕なら分かる。本来、呉葉は刀なんて使わない。すなわち、武器の使用は、そもそも戦いにくいはずなのだ。
――もしかしたら、手加減していたのかもしれない。それだけ、呉葉にとってあの九尾の狐、藤原 鳴狐は、因縁のある相手だったのだろう。
けど、それを捨てた。彼女にしか感じられない何かが、九尾の狐への諦めを作った。刀を手放したのは、多分そういう意味で――、
「ふむ、キミはあわれなほどうすっぺらだね」
「余の存在に文句を垂れるのはだれじゃ――っ!」
幼げな声色でありながら、妙に尊大かつ理的な発言は、その場に大きな存在感を落とした。集まった視線の先の零坐さんの孫、二之前 イヴちゃんに。
「だってそうだろう? うらみをいだくこんげん、ははへのにんげんのうらぎりも、キミはかんけいないといった。うらみいかりといってみたはいいものの、けっきょくにんげんがきにいらないといって、あばれているだけ」
「何が言いたいガキが――! 童子の癖に、この余を愚弄するつもりかえ?」
九尾の狐から、怒りを表すかのごとく黒き炎が立ち上り始める。しかし、それを受けてもイヴちゃんは涼しい顔をしていた。
「でもそのじったい。そのちすじをかさに、むだにごうまんなキミは、そのちすじだからこそドジであるじぶんをつくろいたくて、このようなことにおよんでいるのではないかね?」
「――っ!」
「けっきょくそれは、きみのきらうにんげんと、ほんしつてきなかんがえがたいさないということを、いみしているのだよ」




