《第百四十話》『怨みの権化たる鬼神は知る』
「確かに母上は、大陸にて人間の国を三度滅ぼした、奴らから見れば極悪の妖怪。じゃが、それを知る以前に、妖怪と分かったところで刃を向けた! 正体が己らに都合の悪いモノだと知るや否や、人間共は掌返しをしたのじゃ! 心を入れ替え、あれほど想っていたというのに!」
九尾の狐は、怒りの言葉を紡ぎつつも美しい太刀筋で呉葉を翻弄する。その技術の高さ、そして差は、鬼神の身体中に走る刀傷が証明していた。
「――だから、人間を滅ぼす、と?」
「そうじゃ! 母上の無念を晴らすために! 自己の利益だけを考える器物のごとき冷徹な人間を根絶やしにする! 我が母の力の片鱗を持ってなァ!」
九尾の狐の刀が、その言葉の勢いと共に呉葉の肩口を深々と斬り裂いた。
「呉葉ッ!」
「余所見しているヒマはないで候!」
「くっ――」
最愛のヒトから散る鮮血。なのに、僕は阻まれて何もできなかった。同期の味方である藍妃さえ隣にいるというのに、呉葉の元に行くことは出来なかったのだ。
「ふん、貴様の言い分は、分からんでもない」
「――っ!?」
しかし、そんな心配をよそに、呉葉は自分を斬り裂いた九尾の狐の刀を、その背中の上からつかみ取った。相も変わらず、その大仰な口調で。
「くっ、離せ――!」
「妾は鬼だからな。かつては増悪で身を焦がし、我を忘れ怒り狂った身としては、方向性こそ違えど、復讐を果たしたいという気持ちは分かるつもりだ」
呉葉の掌から血がにじむが、九尾の狐がどれだけ力を込めても刀はビクともしなかった。鬼の腕力が、それを押さえこんでいた。
「しかし、だからこそ理解している」
「――っ!?」
「その結末が、ただひたすらに虚しく無意味であるということをなッッ!!」
呉葉の頭突きが、そのまま九尾の狐の額に直撃した。




