《第十三話》『逃れられぬ誘惑』
「ぐむ、うぐぐぐぐぐ――……」
一体、どちらにすべきだろうか?
妾の手のうちには、1kg228円のじゃがいもと、同じく1kg428円のじゃがいもがある。どちらも国産で、しかし値段には明らかなる違いがある。
主婦の嗜みとして、本来なら安いほうへと手を伸ばすべきなのだろう。しかし、この200円の差が、どうしても高いほうを購入したくなるという、妾自身の思考をくすぐっていた。
「ぐぐ、うぐぐぐぐぐ――……」
「ままー、あのヒトまっしろー」
「こらっ、ヒトを指さしちゃいけません!」
妾ほど美しい白さはそうはないだろう。童とはいえ、なかなか目の付け所が――じゃない、妾は今、このじゃがいものどちらを購入するかを決める方に集中せねばならん。
少し前の妾の思考なら、お金のことを気にすることなく、迷わず高いほうを選んでいただろう。なぜなら、高い=良いモノである以上に、あえて高いモノを選ぶという、上位存在的な考えがあるからだ。
しかし、今の妾は夜貴の妻であり、そしてやはり一人の主婦である。一人の人間と、対等な立場なのだ。
「――よし」
ここは、衝動を押さえて安いほうを買うことにした。やはり、過度な贅沢は捨てねばならないのだ。そして、安い材料でうまい料理を作ってこそ、愛する者の妻としての仕事であるに違いない。
――と、過去との決別を図ろうとした妾の前に、それは現れた。
「100g当たり、897円の黒毛和牛だと――?」
いや、いかん。アレはどう見てもお高い肉だ。隣の100g288円の国産牛でいいではないか。わざわざアレを買ってしまっては、ギリギリのところでうまく調整している家計に誤差が出てしまうではないか。
だが、魅力的だ。「狂鬼姫」として、鬼のエリートとして君臨していたころは、あれよりも単価の高いモノを食べていた。口に入れるなりとける甘い脂、確かな食感の肉質――それが合わさって生まれる極上の味わい……、
――っ、いかんいかん。600円×いくらかと言う差があれば、多少なれどローンに回す余裕も出てくるではないか! 今の生活をすると決めて、そう言った贅沢はやめたのだ!
「こちらの最高級黒毛和牛、数量限定、早い者勝ち! いかがですかーっ!」
…………――――数分後、
「最高級黒毛和牛300gが一点―、」
妾は、バーコード読み取り機械を通りすぎるそれを、黙ってみること以外出来なかった。




