《第十二話》『愛情と恩義』
びっくりした。ものすごくびっくりした。例えて言うなら、缶コーヒーを開けて飲んだら中身がビールだった時くらい驚いた。
そして、振り返ったときに目にしたのほほんとした顔を見て、同じくらいイラッとした。
「おやおや狂鬼姫さん、事務所の前にいるなんて珍し――」
「なぁんで貴様ここにいるんだァ!?」
「ええっ!? い、いや、わたくしここの事務所の所長ですし――」
「なら他の事務員より早く出勤しろ! 他の奴らはとうに来ているぞ!?」
百々百々 憲寿。夜貴が席を置く事務所の所長である、中年の小太りな男だ。一応、過去の一件で何かと世話にはなったが、どうにもこののほほんとした様子がじれったい。
「そ、それより、今の警官の方々は――?」
「っ! な、何でもない、妾の車に見とれていただけだったようだ!」
「それなのにぃ、なぜ呪術を――?」
「見ていたのか!?」
「え、ええ――」
「べ、別に何のことはない、邪魔だったから、本来の職務に戻るようにしただけだ!」
「ええと、人間に使ってはならないことに、一応なっていたハズですが――」
「じ、実害があるわけではないから、お前が黙認すればいいだけだ!」
この、人間に対して呪術を使う名と言う約束、そもそも書類やそれこそ呪術を用いた正式なモノではなく、ほとんど言葉だけのモノであったりする。
そもそも、「狂鬼姫」が「現存」していること自体、本来あってはならないことであり、これまた夜貴を始めとした者たちで隠蔽しているようなモノなのだ。
「頼む、見逃してくれ! 特に、夜貴には黙っておいてくれ!」
「う、うーん――」
「見逃さなければ貴様の自宅に気持ち悪い深海魚を送りつける!」
「どこから拾ってくるんですか!? わ、わかりましたよぉ、本当に実害があるわけでもなさそうですし、無かったことにしておきます」
「あ、それとだな」
「ま、まだ何かあるんですか――?」
「夜貴に、偶にはちゃんと休むよう伝えておいてくれ。何日も休みをとってないんだ」
妾との生活のためと本人は言っているが、そこまで必死にならずとも、何とかならないわけではない。車のローンや家のローンはあるが、それよりもまず、体を大事にしてほしかった。事務仕事の方が多いだろうが、座りっぱなしというのもいろいろ疲れそうだ。
「――ふふ、分かりました。樹那佐君には、そう言っておきます」
「頼んだぞ。妾が言っても、あいつは聞かないからな」
さて、妾は夕食の買い物へと向かうことにしようか。




