《第百十五話》『例の石』
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
「ぬ、ぐぬぉう――」
ソファの上でぐでっとなっている呉葉に、零坐さんは土下座をし続ける。なお、零坐さんのお孫さん、二之前 イヴ(にのまえ いぶ)ちゃんは、椅子に座ってアイスを食べていた。冬なのに。暖房は効いてるけど。
「わ、妾は、屈した覚えはない――! それより、何ゆえ突然、ここへ引っ越ししてきたというのだ? よもや、親離れできない子供のようなことを言わないのであれば、ただ孫娘を紹介したかった、ということだけでもあるまい」
「仰る通りでございます、『狂鬼姫』様」
今日は、敢えて呉葉を名前で呼んでいた零坐さんが、もう一つの名前で彼女を呼んだ。
何故だろう。言いようのない不安が、僕の中で膨らんだ。
「例の石のありかが、彼奴らに見つけられてしまいました」
「なんだと――?」
零坐さんのその言葉を聞いて、呉葉は明らかに顔をしかめた。それは、普段見せるような普通のそれではなく、まさに一刻を争う事態が起こったとでも言わんばかりの厳しい表情である。
例の石――その石で、その後にあんなに恐ろしいことになるなど、この時の僕は微塵も思いはしていなかった。




