《第百十一話》『悲劇の始まり』
「お、おまっ――零坐、何故貴様がここに……ッ!?」
「何故って、隣に引っ越してきたからに決まっているではありませんか?」
初老の男性は、しれっとした様子でそう答える。しかし、呉葉は絶対に納得しないだろう。
「どうして貴様が来たのか、分かっているぞ! どうせ、『狂鬼姫様のため』とかほざいて、色々世話を焼こうとするつもりだろう!」
「ふむ、まあ。強く否定するつもりはございません」
「ほらみろ! 妾は、お前たちしもべへと自由に生きよと言ったのだぞ? それにもかかわらず、また妾に縛られ生きるつもり――」
「お言葉ですが、前ほどべったりとつくつもりはありませんよ『呉葉様』」
「む、むぅ――」
あの、『狂鬼姫』を信奉し続けた一族の代表者であるあの零坐さんが、呉葉のことを名前で呼んだ。あの、頑なだった零坐さんが、である。
「正直申しまして、我々――と言うよりわたくしが、呉葉様と離れられないことはどうしようもなく否定できません。ですが、呉葉様の危惧するほどべったりとつくつもりは一切ございません。ただ私は、見守りたいのです。あなた様と言う鬼神が、人の世で暮らしていくその姿を」
「そ、そんなに妾は信用がないのか? それなりにきちんとやれているぞ――?」
「ええ、そんな事は分かっておりますとも。さらにもう一つ理由を申しますと――まだ一度も、この子を呉葉様に紹介していなかったなと思いまして」
「この子――?」
零坐さんが横に退く。すると、そこには小学生になるかなるまいかと言ったほどの、一人の小さな女の子が立っていた。
「孫娘です」
「な、なんだとォ!?」




