《第1005話》『天変地異』
む、今のを全て回避するか。
「その程度の速度で、余を撃ち落とせるとでも思っているのかえ?」
九人の鳴狐が、行きつく間もなく突撃し、通り抜けざまに刃を振るってくる。ソニックブームでも巻き起こっているのか、キーンと耳が痛い。
妖気で壁を作り身を守るが、斬撃全てを防ぎきれず、肌に赤い斬り傷が生まれた。
「アッハッハッハッハ! 守っているだけか、狂気鬼ィ!」
「ちっ、」
全方位に攻撃を放つには、流石の妾と言えど準備に数秒の時間がかかる。速度の速い熱線が駄目ならば周囲を炎で覆いつくしてやろうかとも思ったが、それも感づかれ回避される恐れもある。
――ならば、別の対策を打つ。
「何? 逃げたかえ?」
妾は空間転移で場所を変える。同時に、別の場所からちょっとした小道具を取り寄せることにした。
そしてそれを、奴の頭上へと振り下ろす。
「っ、何じゃこの岩の塊は!?」
「そう言ってやるな、顔見知りなんだぞ? 妾は貴様が生まれた時からずっとな!」
「何じゃと!? 岩の知り合いなど余には――。と言うかどこだ狂鬼姫!」
「ここだ! 貴様の言う岩の塊――“月”の上にだ!」
ちょっと離れた場所から、全力の空間転移。質量にして73500000000000000000トンの岩の塊を、鳴狐めがけて投げつけ、妾はその側面に立ち地上を見下ろした。
正直奴の姿なぞ、月が大きすぎてまるで見えんがな!
「反則、じゃろうがァ!」
鳴狐の怒声。直後、月の大地が激しく振動する。
程なくして、月がコンクリートに落としたガラス玉のように砕ける。どうやらヤツは、月を割り砕いたらしい。人のことを言えぬ脳筋である。
だが、計算通りだ。
「ぬははははっ! 例え天高く浮かぶ神秘が相手であろうと、余の敵では――ぐふぅ!?」
月を砕いた鳴狐は、一人に戻っていた。ヤツのあの分身は、手数こそ増えるがその分力を分配する。そしてヤツの性格を考えれば、逃げるなどと言う選択肢を取る筈がなく、当然月を砕くために力を集約させる。
だが、月が壊れることによって生まれるこの無数の岩石。それによって覆われる視界。すぐに調子をこくことも相まって、隙を狙うにはあまりにもうってつけな状況だった。
妾の全身全霊を込めて叩きつけた拳。藤原 鳴狐は、降り注ぐ岩石をいくつも突き砕きながら吹き飛んでいった。




