逃亡、その後
走り出したはいいがコレはどこに逃げればいいんだろう。
今は昼休みだからある程度の時間はあるが、午後からの授業をバックレるほど逃げ回るわけにも行かない。
自分はあまり勉強が出来る方ではないのだ。
だから、授業態度などの内申点を伸ばすしか、受験に打ち勝つ方法はない。
結局そこまで思考が回るのだから、それほど自分は焦っていないのだと気づく。
あれ、なんだこの安心感。
後ろを振り返ると、なるほど奴らが追ってくる気配もない。
その場で捕まえられればラッキー、逃げられたら逃げられたでまぁいいか、とそんなところだったんだろう。
帰宅部で、残りの体力に余裕もなく、追っ手もいないのに走っている自分が変に思えたので、歩きに移行する。
「…そんな軽い考えで、人生変えられる奴の気持ちにもなってみればいいのに」
ボソっと独りごちた声には少し怒りが混じった。
別に自分が恨みがあるわけではないが、他人に当てられた悪意でも、やはり嫌なものは嫌なのだ。
『あいつってさぁーーー』
『えーーー…』
嫌な記憶が蘇る。
思い出したくもない。
「別にそのまま売られても大丈夫だったんですけどねぇ〜」
突然自分の右耳に声がかかった。
首を回すと「近っ⁉︎」
髭とメガネと台湾ハゲがズームで自分の視神経に飛び込んできた。
つまりは右手で握ってたはずのおっさんが肩に移動していた。
…まぁ、ここまで気配消せて動ければ、助けなくても普通に逃げて来れるか。
なんか変に脱力してしまう。
中庭から渡り廊下に、さらに校舎の中に入る。3年の教室は4階だから、入り口付近の階段を上るが、一段一段が重い。
…暑い。
初夏といえど、今日のお天気お姉さんは「熱中症に注意!」と言っていたし、半袖でもやはり暑い。
そのせいか昼休みに校庭で遊んでいる生徒も今日は見ない。
冷房の効いた図書室にこもっている人が多いだろう。
そうなことを考えながら、二階の踊り場まで来た時、ふと気付いた事があった。
掃除用具。忘れて来た。
…これは取りに行くべきなのか?
考えながらも、足は止まらずに上へと進む。
その時だった。
「おぉ、村山。掃除終わったのか?」
目の前に現れた黒いジャージは、自分に遅刻制裁を与えた張本人だった。
「あ、平川先生。掃除用具って、持って帰ってくるべきだったですかね?」
自分ながら野暮なことを聞いたと思った。
「おぉ、そうだな。じゃ、そこらへん置いといてくれ」
…ん?話が微妙に噛み合ってない。
「え、先生、僕まだ…」
そこまで言って自分の右手の重さに気付いた。…まさか。
「…うわぁっ⁉︎」
バケツがあった。雑巾もあった。取りに行ってはいないのに。
何でだよ⁈
さすがに怖いわ‼︎
ほんっとにしょうもないツッコミは喉までで堪え、更にもう一つ気づく。
「じゃあその辺置いとけよ〜」
平川先生が過ぎて行ってから、用具を言われた通りにその辺に置いて、現状を確認する。
…やっぱり。
「…おっさんどこ行った?」