異変-4
「以前お話しましたでしょう?暁姫は殿下を目覚めさせ、共に国を導く存在だと。以前はそんなお伽噺のような現実が起きればいいって、ただ思っていました。でも最近は違います。暁姫だからではなく、悠樹様だから、殿下のおそばにいていただきたいんです」
「え?」
「悠樹様だから、呪いに縛られた殿下の御心を救うことができたのだと思います」
一旦言葉を切り、アリアはまっすぐに悠樹を見つめた。
「悠樹様が元の世界に帰ることを望まれていることは存じております。このようなことを申し上げては悠樹様を困らせるだけだということもわかっております。それでも私は―」
その声に第三者のため息が重なった。
はっとしたようにアリアがすばやく左右に視線を廻らし、扉の外にいる警備兵を呼ぼうとベルに手を伸ばす。だが、それに手が届くことはなく、そのまま彼女はがくりと膝を突いた。ゆっくりと倒れていく姿を目にして、悠樹から悲鳴が上がる。
「アリア!」
「騒ぐな。眠っているだけだ」
ふいに響いた声と共に、悠樹の目の前にリジュマールが姿を現した。黒い半袖の開襟シャツに同色の細見パンツという動きやすい服装の彼女は、素早く悠樹を拘束し、口を押さえた。
「暁姫様、いかがなされました」
異変を感じたのか、ドアの向こうから警備の騎士の声がする。リジュマールは、助けを呼ぼうとする悠樹の耳朶に顔を寄せ、アリアを一瞥して囁いた。
「何でもないと言え。でないと、そこの娘が怪我することになる」
「……卑怯者」
口元を覆う手は外されたが、より強く抵抗を封じられた形の悠樹が眦を強くして睨みつける。リジュマールはその視線を鼻先で笑い飛ばしてから視線で扉を示した。直後、強く扉が叩かれる。
「暁姫様!」
「なんでもないの、大丈夫。お茶を零してしまって、驚いただけ、だから」
咄嗟にそんな嘘をついて、悠樹は腕を振り払った。意識のないアリアに駆け寄り、彼女を背にかばってリジュマールを見上げる。
「どうしてここに?何しに来たの」
詰問口調の悠樹の言葉にため息を一つついて、彼女が腕を伸ばした。その動きに合わせて、重ねづけしたブレスレットが涼やかな音をたてる。
「お前に用があってね、一緒に来てもらう」
「嫌、放して」
腕を乱暴につかまれ、それを振り払おうともがく。大声を上げられないジレンマに歯噛みする悠樹には構わず、リジュマールは口の中で何かを呟いた。それが空間転移だと悟った次の瞬間、悠樹は見たことのない場所へと移動させられていた。