異変-2
顔を曇らせる彼女と同じものを想像したのか、ファルシオも渋面を作った。
「使者殿は国王が派遣した者のようだったが、従者は使者を、ひいては国王の意志を見定めるために付けられた監視のようだった」
「自分の国の王様を監視?」
「ああ。情報を集めようとしているのだろうな。亡命者の引き渡しなどこちらが受け入れるわけがないことくらい、ルクスバード国王ならわかっていたはずだ。監視をつけた者もそれを理解していた。だからこそ、国王の本当の目的を探ろうとしたんだろう」
ルクスバード国王の本当の目的。それを理解しているような口ぶりで言い、ファルシオは首を振った。額に軽く指を添え、考えるような仕草のままぽつりと物騒なことを口にする。
「いなくなったのは使者殿だけで従者や共の者は迎賓館に残ったまま。使者殿の単独行動か、国王からの指示か、それ以外の思惑か……いずれにしても、従者たちに下手に動かれてはルクスバードの内乱への流れが加速してしまうな」
(内乱?!そうか、ルクスバード国王の目的って、セルナディアとの関係強化なんだ)
国としての力を強めるため外国に頼るのはよくあることだ。そして、その姿勢こそが売国行為だと受け取られることも珍しくない。国王の求心力が弱まっていれば、なおさらだろう。
反国王派にとって今のこの状況は、使者自身がセルナディアへ亡命したように見えるだろう。例え見えなくても、国王がセルナディアに寝返った売国の証拠と声高らかに叫ぶくらいのことはするかもしれない。それを理由に勢いを増し、国王は追われ、国が乱れることになってしまう。
顔色の変わった悠樹の頬をそっと撫で、ファルシオが小さく微笑む。力づけるように抱き寄せて、ベッドルームへと足を向ける。
「大丈夫、要は従者たちが国に知らせる前に事を収めればいいだけの話だ。……何も心配しなくていい」
腕に触れる指も声もやさしいが、表情はいつになく厳しい。ファルシオを見上げて、悠樹は言葉もなく頷いた。
「アリアを呼んでおくから、悠樹は部屋から出るな。まだ体力も戻っていないだろうし、これでも食って寝ていろ」
これ、と言って手渡されたのは、ベッドサイドに置かれたうさぎリンゴ。その愛らしさに、緊迫した状況にも関わらず悠樹の顔に苦笑が浮かんだ。
「念のため警備をつけるが、何かあったらローミッドに報告して指示に従え。自分でどうにかしようと思うな」
ファルシオの声にノックの音が重なり、お早く、と叫ぶ伝令の声が聞こえてくる。それに構わず、金髪の王子はなおも言い募った。
「いいか、絶対に危険なことをするんじゃない。……それから―」
「あの、ファル?時間がないんじゃ、うわっ」
再び聞こえてきたノックを気にして悠樹が扉のほうに振り返ると、ふいに、強く腕を引かれた。よろめく悠樹を自分の腕の中に収めて、ファルシオは急速に色を変えていく彼女の耳朶に口唇を寄せ、何事かを囁いた。
直後。
「バカ王子!さっさと行きなさい!」
真っ赤になって叫ぶ悠樹の声を聞きながら、ファルシオは締まりのない顔で彼女の部屋を後にした。