異変-1
ルクスバードからの使者が迎賓館から姿を消した。
部屋を訪れた伝令からそう聞かされ、ファルシオはわずかに眉を寄せた。悠樹に突き飛ばされた弾みで打った後頭部をさする手を止め、何かを考えるような素振りを見せると、すぐに王宮に向かうと伝令に告げ、同じことを悠樹にも伝えた。
「ルクスバードの使者って、何日か前に来たって人?まだいたんだ」
「知っていたのか?」
両手で両頬を覆い、色と熱とをごまかしながら悠樹はこくりと頷いた。いまだ鼓動は早く、まっすぐファルシオの顔が見れずに、おどおどと視線が彷徨う。
「ルクスバードとイエルシュテインから使者が来てるって、フィルドが」
「ということは、お前に余計なこと吹き込んだのもあいつか」
舌打ちしてから、すぐにファルシオは表情を改めた。
ルクスバードはセルナディアが拉致した民の返還、またはその人数に相当する術具の提供を要求しており、受け入れられない場合は実力行使も辞さないと伝えてきたことを説明する。
「セルナディアが言えた口ではないが、民を守れない王制とは厄介なものだな」
「そう、だね」
まだ赤い頬から手を放して、悠樹は小さく頷いた。その脳裏にスキルフォート大陸の地図が浮かぶ。
セルナディアは現在、ルクスバード、カナカスタ、ヤンナチェルク、イエルシュテインの四国に接している。そのうちの二国、カナカスタとヤンナチェルクから返還された国土とそこに住む人々、そして正式な書類を通して住居を移してきた人を国民として迎えている。
彼らの多くは元々セルナディアに住んでいた者の子孫で、親や祖父母からセルナディアの話を聞かされて憧れを抱いている者や、彼らの形見をセルナディアに収めたいという思いを抱いた、故郷へ戻ることを希望した者たちだった。
だが反対に、自らの故郷を捨て保護を求めてきた亡命者たちが皆無ではなかった。国王やファルシオ、政に関わる者は協議を重ね、その結果彼らの受け入れを決定したのだが、その大半はルクスバードの出身だった。その原因として考えられるのが、ルクスバード王家の権威失墜だと言われている。各地の領主が勝手に重税を課して私腹を肥やし、国王はそれを諌めることができないというのだ。
セルナディアへ国土と民の返還に応じなかったのも、その土地を治める領主の強い反対と、移住を希望する民が多く出て、国力が低下することを恐れたためではないかというのが、今のセルナディアにおける見方だ。
「拉致などではなく、彼らは各人の意思で出奔した亡命者であり、セルナディアはルクスバードに対して国外亡命者の引渡し義務はないとは言ってあるのだが。まぁ、そんな理屈が通る状況ではないのだろう」
ファルシオの言葉を聞きながら、悠樹の脳裏にルクスバード国王の顔が浮かぶ。
(あの王様は、必死に自分の国を守ろうとしていた。その気持ちに嘘はなかったはずなのに……それでも、国は崩れていく)
彼はあの時、何を考え、ファルシオや悠樹と会話をしたのだろうか。想いを馳せるように、悠樹は瞳を伏せた。