それぞれの真実-5
どくどくと脈打つ鼓動が耳元で聞こえる。ファルシオにも届いてしまうのではないかというほどその音は大きく、相手との距離は近い。
「ずっと、帰さなければいけないと思っていた。あの日、泣きながら帰せと言った悠樹を見た時から、ずっと」
「あれは……ごめん。ひどいこと言った」
ようやく告げることのできた謝罪に、ファルシオは顔を歪めて首を振る。
「ひどい事を言ったのは俺のほうだ。……昼間の気丈な姿が自己防衛だと見抜けなかった。気が狂いそうなほどの恐怖と不安でいっぱいだったことに気付けなかった。安易に……この国で幸せになれなどと口にすべきではないとわからなかった。お前が傷つき怒るのも当然だ」
「そんなこと……」
「だから、悠樹が元の世界に帰りたいと望むなら、俺はそれを叶える努力をすると誓った。例え俺自身の望みを否定することだとしても、それが俺にできる唯一の償いだからと」
小さく呟いて、ファルシオは顔を上げた。金を帯びた茶色の瞳がまっすぐ悠樹を射抜く。
「だが悠樹がこの世界に残ることを望んでくれるのなら、俺のそばにいてほしい。……俺が必ず、悠樹を幸せにする」
初めて会った時とよく似た、だがそこに込められた感情は全く違う言葉に胸が詰まった。
「私……私も、ファルのそばに……」
想いを口に出そうとして必死に言葉を紡ぐ。その口唇に、ふいにファルシオの指が触れた。それは頬へと滑り、耳をくすぐるようにして首裏にまわる。引き寄せられるまま、近づくその顔を見つめて悠樹は瞳を閉じた。仄かに染まった目尻と震える睫毛に誘われるように、ファルシオが更に二人の距離を縮めていく。
窓から差し込む赤い夕日の中、二つの影が重なった。
啄むように何度も重ねられる口唇から、じんとした痺れが全身に走る。首裏に添えられた手に髪をなでられ、ぞくりとした寒気に身体を震わす。縋るようにファルシオの服を掴めば、口付けは角度を増していく。ふわふわした夢見心地の中、くらくらするほど強く感じる時間属性の気配がリアルな現実感を突き付けてくる。
(時間属性?……これって?!)
パチリ。見開いた悠樹の目の前には、かつてないほど近くにあるファルシオの顔。薄く眼を開けていたその男と、至近距離で目があった。
「っ!」
顔を赤くして固まる悠樹を見つめ、惜しむように口唇を舐めてから離れた男の瞳が細められた。
「どうした?」
聞きなれた声が微かに掠れている。口唇に残っている温かく柔らかな感覚と、わずかに濡れた感触。初めて見せる蕩けそうなほどの甘さと男の欲を滲ませた瞳。それらすべてを認識して、悠樹はただでさえ赤い顔をさらに赤く染めると。
全身全霊をかけて、目の前の男に向かって両腕を突き出した。
重たいものが落ちる鈍い音と、扉を叩くノックの音が、同時に室内に響いた。