それぞれの真実-1
「お前はバカか?」
むすっとした表情で、ファルシオは手と口を動かす。悠樹は、ベッドに横になったままそれを黙って見ていた。
「バカだろう」
眉間に皺を寄せ、ファルシオがまた吐き捨てる。悠樹は、下に向けた視線を逸らすことなく文句を言い続ける彼の手元を黙って見つめていた。
「お前はバカだ」
断定した口調で言い切り、ファルシオは手にしたものをサイドテーブルに置く。悠樹は、そこに置かれたものから視線を外すことなく上半身を起こした。足を下ろしてベッドに腰掛けた。
悠樹の視線の先には、オーソドックスなうさぎや木の葉を始め、様々な飾り切りが施されたリンゴが綺麗に並べられている。どれも、たった今ファルシオが目の前で作って見せたものだ。
じっくりとそれらを観察してから、悠樹はファルシオへ笑顔を向けた。
「ファル器用~。かわいい特技だね」
「誰がそんな話をしている!」
「うっ」
ぺしっと音を立てて悠樹の顔面に手拭きタオルが投げつけられた。そのまま、ばったりと後ろに倒れこむ。
果物の甘い香りが染み込んだタオルに顔の大半を覆われたままファルシオの様子を伺うと、イライラと髪をかき混ぜながら窓際へと移動する背中が見えた。
(さすがに誤魔化されてくれないか)
気付かれないよう、そっとため息をついてから悠樹は身体を起こした。濡れたタオルをテーブルに置き、その手で市松模様が刻まれたリンゴをつまむ。よく冷えたそれを口の中に放り込んで、窓から外を眺めるファルシオの後姿と、その向こうの、炎にも似た色の夕焼けを見つめた。
シェリスの放った水が家を斜めに切り崩し、屋内に大量の水が流れこんだことによって火の勢いが弱まり、悠樹と少年は無事助け出された。悠樹は結界を解くと同時に意識を失ったため、事後のことは知らない。気がついた時には屋敷の自分のベッドに寝かされていた。
少年の安否を気にする悠樹に、そばについていたファルシオは不機嫌さを隠そうともせず、事の顛末を語り始めた。
パジャマ姿の少年は火傷とひどい脱水症状を起こしていたが、幸い命に別状はないということ。
あの家は、隣町の大きな商店で警備の仕事をしている父親と子供の二人暮らしだったが、先方の好意で当直の日は子供を連れて勤めに出かけることが多かったということ。
そういった事情から、あの日も家の中は無人だと誰もが思い込んでいたらしいということ。
そして、天から多くの水を呼び寄せた少女と騎士は姿を変えた神の御遣いで、幼い命を救い天へ帰って行ったに違いない、という噂があっと言う間に周辺に広まったということ。
それが、悠樹の馬を引き取りに赴いた者によってもたらされた内容だった。