騎士シェリスと遠乗り-4
家に飛び込むと同時に、悠樹の身体は熱された空気に包まれた。体中の水分が奪われてしまうような灼熱の世界がそこに広がっている。煙を吸わないように身をかがめると、周囲を見回した。
一階部分はリビングダイニングらしい。
ワンフロアの右手奥に見える階段に向かって水壁を詠唱すると、炎を避けて二階へと上る。一階よりも濃くなった煙が立ち込め、悠樹の視界と呼吸を奪う。咳と涙が止まらないが、こんな所に子供が一人取り残されていると思うと、悠樹の心が逸る。
どうにか子供がいると思しき部屋の前に辿り着き、扉を体当たりで押し開いて室内に入る。
と、窓の下に座り込んでいる少年の姿が目に入った。あわてて駆け寄ると、浅い呼吸を繰り返しているのがわかる。少年の顔を開け放した窓に向けてから、自分も息をする。
「集え水の気」
少年の火照った肌に手を当てて水を集め、その身体を冷やしながら、再度窓に向かって声を上げた。
「子供は無事!シェリス、お願い!」
わっという歓声をかき消すほどに、大きな声でその場から動くなという指示が聞こえる。火に包まれているときには気付かなかった大量の水の気配を家の外に感じて、ほっと息を吐く。
(これだけあれば火は消える。よかった……)
そう思ってからふと我に返り、あたりを見回す。
(あんなに沢山の水をぶつけられて、家、崩れないかな)
バキバキと嫌な音を立て始めている梁を見上げ、そんな不安がよぎる。とはいえ、この少年を外に連れ出すだけの体力はすでにない。
悠樹は少年を抱きかかえて身体を小さく丸めた。
「空間を閉ざせ。求めるは大地より我が身まで、範囲は2。
外部からの侵入を阻み、我らを守れ」
キン、と白光が走った。
悠樹を光の円柱が取り巻き、それが頭上で閉じる。即席の結界により左右からの炎の気配は消えたが、階下の熱は床から伝わってくる。
悠樹は結界に右手をあて、空間属性を纏ったまま次の属性へと意識を切り替えた。
「水よ流れよ。閉ざされた空間に残りし火気を打ち破れ」
結界を伝うように水が階下へ流れ落ちる。ひんやりとした水の気配にほっと息をつくのと同時に、くらりと視界が揺れた。
(やば……)
二度の水壁の詠唱、炎の突破、そして結界を維持しながら水を集めるという二種類の術を同時発動したことで、悠樹の体力は限界に達していた。だがここで力尽きるわけにはいかない。水龍の気配はすぐそこまで迫っているのだ。
悠樹はめまいを堪えながら、結界の維持に集中するため瞳を閉じた。