騎士シェリスと遠乗り-2
シェリスの先導で到着した時、村はずれにあるその家はすでに炎に包まれていた。湖から汲み上げた水をリレーで繋いで行う消火活動も炎の勢いの前には無力らしく、激しい熱風は人が近づくことを拒むように吹き荒れている。
母親を呼ぶ子供の声、点呼を取る声、水を求める怒声、様々な声が飛び交う。
シェリスは指揮を執っている男性に声をかけ、消火用の術具がないことを聞かされて渋面を作った。が、すぐに延焼を防ぐために周りの木を伐採するグループに加わる。
悠樹はリレーの水が届きにくい裏手にまわり、焦る気持ちを抑えて精神を集中させた。
「水壁を成せ。我が前に集い、舞い狂う火炎を覆い隠せ」
熱風に煽られた肌がひんやりとした冷気に触れ、悠樹と炎の間に水壁が立ち上がった。
二メートルほどの高さのそれは徐々に横幅を増やし、炎に包まれた家と同じ幅になったところでざわりと波打つと、音を立てて外壁にあたり、熱風でガラスの割れた窓から屋内へとなだれ込んでいく。
おお、と声が上がった。
だが火勢は強く、またすぐに別の炎が上がっていく。
(火が強すぎる……もっと水を集めなきゃ)
濡れた壁を見ながら、別の壁へと向かう。
室内で揺らめく炎が影を作る。それが人影のようにも見え、そのたびに心臓が跳ねた。先程この家は無人のはずだと聞いたが、正体のわからない不安が悠樹を焦らせる。
炎に向かい二本の指を立て、もう一度術言を紡ごうとして、悠樹は息を飲んだ。
「シェリスッ!シェリース!!」
悲鳴に近い大声で名を呼べば、すぐに血相を変えた男が駆け寄ってくる。
「悠樹様!ご無事ですか!」
「あれ!あれ見て!」
叫び声を上げる悠樹の視線を追って、シェリスの顔が動く。同時に、窓際の影が動き、音を立ててガラスが割れた。
黒い煙が昇り、ガラスの破片と目覚まし時計が落ちてくる。
自らの身体で悠樹を庇って、シェリスはもう一度その窓を見上げた。そこに、咳き込みながら必死に顔を出す子供の姿を見つけて舌打ちをする。
「子供……無人ではないのか」
「助けに行かないと」
「お待ちください!」
走り出そうとする悠樹の腕を掴み、シェリスが叫ぶ。たたらを踏む悠樹の肩を押さえ、自分が行く、とだけ告げる。
「悠樹様はこちらでお待ちください。必ず戻りますから」
「…………水龍……」
「え?」
悠樹の視線は、少し離れた所に繋いであるシェリスの愛馬に向けられていた。灰色の馬のそばに立てかけてある大剣は、常であればシェリスの背にある術具。
消火活動の邪魔になるという理由でそこに置かれていたが、それが内包しているのは―――
「水龍で火を消して。あの水があれば、あの子を助けられるでしょう」
「それは……」
シェリスは言いよどみ、自分を見上げる悠樹と大剣を見比べると、やがて緩く首を振った。
「それはできません」