伝えたい言葉-2
二人が口には出しにくい理由を胸に秘めて黙り込むと、ローミッドはわざとらしく溜め息をついた。そして、ファルシオには国王から急ぎの書類が届いた事、悠樹には庭でシェリスが彼女を待っていることを伝える。
それを聞いて、悠樹が小さく声を上げる。今日の午後、遠乗りに付き合って欲しいとシェリスに頼んでいたことを思い出したのだ。
この世界に来て、悠樹の趣味に加わったのが乗馬だ。教官として現れたシェリスも驚くほどの上達ぶりを見せた悠樹は、遠乗りと称して気分転換に出かけることが多かった。
今日もそのつもりでシェリスに時間を取ってもらったのだが、庭に向かう途中で逃げて追われてすっかり忘れてしまっていた。
「仲がよろしいのはけっこうですが、時間と場所とお立場をお忘れにならないでください」
仲がいい。
何気ないローミッドの言葉にどきりとして、隣に立つファルシオを盗み見た。適当に相槌を打つファルシオは悠樹の表情の変化に気付かずに来た道を戻りかけ、ふいに立ち止まった。
「悠樹」
半身をひねって顔を彼女に向けると、悪だくみをする少年の瞳で笑う。
「またやろう。今度はコレに見つからないように」
「殿下」
非難の色を含むローミッドの声に肩をすくめ、そして表情を改めた。
「お前の様子がおかしくなったのはイエルシュテインの使者が来てから、だな。・・・聞いたのか?奴の要件」
窓から差し込む陽光が、彼の顔に影を作る。反応できずにいる悠樹の表情から答えを読み取ったのか、ファルシオが目を伏せた。
「セルナディアが他国の姫を迎え入れることはないし、俺自身にもそのつもりはない。答えを出したのは俺だ。お前が気に病むことではない。だが―」
言葉を切り、ファルシオは顔を上げて悠樹に正対した。
「黙っていたことで傷つけたのなら謝る。すまなかった」
一瞬、切なそうに瞳を瞬かせてファルシオは頭を下げると、すぐに姿勢を戻してローミッドと共に歩き始めた。
その姿が遠ざかっていくのをただ見つめていた悠樹は、はっと我に返って大きく息を吸った。
「ファル!」
名を呼べば、ぴたりと二人の歩みが止まる。
背中を見せたまま微動だにしないファルシオと、わずかに向き直ったローミッドに向かって、悠樹はもう一度叫んだ。
「ありがとう!」
(それからごめん。解術できなくて。でも絶対できるようになるから。頑張る、から)
彼を避けていたのは縁談話だけが理由ではない。解術できていない罪悪感もあるがそれだけでもない。まだ言葉にはできそうにない気持ちを押し込めて、ファルシオの言葉にだけ返事を返す。
謝罪の言葉を伝えるためにこんな茶番を演じた男は振り向くことなく小さく首を振って右手を上げた。
見ることの出来ないその表情を容易に想像できて、悠樹の笑みが深くなる。
再び歩き始めたファルシオとローミッドを見送ってから、彼女もシェリスの待つ庭へと向かった。