伝えたい言葉-1
邸内に二人分の足音が響きわたった。
それは西階段を下りて広間を横切り、使用人用裏階段を上って東へと駆け抜けていく。
「なんで追いかけてくるのよ、バカー!」
追われる者が叫べば、
「だから!なぜ逃げるのか、その理由を言え!」
後方から追う者が叫び返す。
螺旋状の中央階段の手すりを滑って加速する悠樹を見下ろし、ファルシオは小さく舌打ちする。すぐに手すりに手をかけて身体を宙に投げ出すと、一瞬にして階下へと降り立った。
目の前に飛び降りてきた男を見て目を見開き、悠樹はまた背を向け走り出した。この状況で空間転移のための集中と詠唱などできるはずもなく、己の体力だけが頼りなのだ。
だが、男女の体力と個人の運動能力差によってその距離はどんどん縮まり、ファルシオの腕が悠樹を捕らえそうになったその時。
「お二人ともいい加減になさい!」
突然、凛とした声が空気を振るわせた。
ぎくりと足を止めた二人は、進行方向に隙のない衣装と姿勢と雰囲気を纏った若い男性が立っているのを見て、顔を引きつらせる。
「ローミッド、さん」
「いや、これにはワケが、だな」
つかつかと歩み寄ってくる執事の迫力に押されるように、二人はごにょごにょと言い訳めいたことを呟き、やがて諦めたように息を吐き出した。
「ファルシオ殿下、悠樹様」
目の前で立ち止まり、二人の名を呼んで一度言葉を切ると、彼はにこりと微笑んだ。
「ずいぶんと楽しそうですが、何をされているのですか」
「ファルが追いかけてきて怖いんです」
「悠樹がなぜか俺を避けて逃げるんだ」
整った顔に華やかな微笑を浮かべる執事に、二人が同時に答える。相手の回答が不満なのか、口を尖らせてお互いの顔を見合わせる主たちの様子に、執事の口角がさらに上がった。
「な、に、を、されているのですか」
「……廊下を走っていました」
「……廊下を走っていました」
「ええ、その通りですね。なぜですか?」
重ねて問うローミッドの、瞳は笑っていない。
背筋に冷たいものを感じて、悠樹は自分を見下ろす執事を直視することができずに床を見つめた。
東屋での一件以来、悠樹はファルシオを避けることが多くなった。
最初は無意識の行動だったが、三日ほどそれが続くと今度は二人で話すのが気まずくなり、やがて姿を見かけると隠れるようになってしまった。
ファルシオにしてみれば、そんな彼女の反応は当然おもしろくない。今日も、目があった途端に回れ右をして去っていく悠樹の姿を見かけて追いかけ始め、気付けば「会って話をする」から「とにかく捕まえる」に目的がすり替わって全力疾走していた次第だ。