小さな変化-2
うーん、と唸って、フィルドは頭を抱えた。だがすぐに顔をあげ、困ったような表情で口を開いた。
「今の話って、どの話?契約のことなら本当だよ。悠樹をこの世界に連れてくる時、僕と君は“約束”をした。それは契約として今も残っている。解術できなければ、次元転移の反動は悠樹と僕に降り掛かる。といっても、僕も悠樹も適性があるから、そんなひどいことにはならない。たぶんね。僕やみんなが悠樹が帰るのに協力的なのは、悠樹の頼みだから。当然、追い返すためじゃない。それは信じてあげて。みんなのために。それから……ファルの縁談は昔からあったよ。イエルシュテインだけじゃなく、他からも」
術具を独占的に扱うセルナディアとの関係強化を望み、そのために姻戚関係を結びたがる諸国からの縁談話は昔から多くあった。百年前は呪いを理由に断っていたようだが、目覚めた後は相手国もなかなか引き下がらず、援助をちらつかせてはファルシオに迫っているようだ。
そう言って、フィルドは続けた。
「どこか一つの国を優遇すれば、他の国の反感を生む。だからセルナディアは代々、他国の姫を妃に迎え入れたことはないんだよ。……リジュもそのあたりの事情は知ってる。だから、あれはただのやつあたり。悠樹が気にすることじゃない」
優しい声を聞きながら、かたかたと震え始めた指を強く握りこむ。視線を自分の指に向けたまま、悠樹はもう一つの疑問を口にした。
「でも、今は昔と違う。セルナディアは復興の途中だから……だから、他の国の力が必要なんじゃないの?私がいないほうが……他の国のお姫様を迎えたほうが、ファルやこの国のために……」
俯いたままの悠樹を見るフィルドの目が見開かれた。
やがて、彼の口元に、笑みが浮かぶ。作ったものではない、自然に浮かんだそれに、俯いたままの悠樹は気づいていない。
「暁姫が王子と共にあることに希望を見出だした人たちがいたのは事実だよ。でも、悠樹がそれに付き合わなければいけない理由はない。だから悠樹が望むなら、暁姫は夜明けを告げ、天に帰っていった、そんな話を事実にしてあげるよ。……本当に、望むのならね」
フィルドはぽんぽんと悠樹の頭をなでた。はらりと落ちた髪が彼女の表情を覆い隠す。
「今、悠樹の心を一番傷つけたのはどの事実?今、悠樹の心で一番大きな場所を占めているのはどの事実?」
「…………」
「考えて、そして見つけて。悠樹が何を望み、何を叶えるのか。それが悠樹にとっての真実になる」
謎かけのように言うと、フィルドは席を立った。
一人残された悠樹は、力尽きたようにテーブルに突っ伏す。
リジュマールの燃えるような赤い残像が脳裏から離れない。彼女の言葉が何度も繰り返され、悠樹を苛んでいた。