小さな変化-1
「さて、お前の質問には答えた。今度は私から、もう一度問おう。……お前は何者だ?」
唇を噛み、視線を伏せる様を見下ろしながら、リジュマールは言葉を続ける。
「解術ができないのに、暁姫と呼ばれる小娘。それがお前だろう?そんな小娘が妃になるとか、国を繁栄に導くとか、どこから湧いたのかわからない話まで作られているせいで、セルナディアは縁談を受け入れようとしない」
「縁談の話と、解術や暁姫は関係ないよ」
返す言葉を持たない悠樹に代わって、フィルドがリジュマールに反論する。
「出奔したとはいえ、元セルナディアの術師がその理由を知らないはずがないでしょ」
「お前は黙っていろ。我々には“暁姫”と呼ばれる存在そのものが邪魔なんだ」
「我々、ねぇ。……その悪趣味な文様に関わる人も含まれてる?」
フィルドの纏う空気が冷たくなり、声は僅かに低くなる。その指は、とん、と自分ののどを指差していた。その言葉に込められた彼の苛立ちを感じ取って、リジュマールは言葉を詰まらせた。自分の首に刻まれた蝶のような文様を手で覆い、そして息を吐く。
が、彼女はフィルドには答えず、その瞳に力をこめて悠樹を見下ろした。
「暁姫と呼ばれるだけの力ないただの小娘と、国という後ろ盾のある姫君。どちらが今後、この国や王子のためになるのか、言うまでもないだろう。さっさと自分の世界に戻ることだ」
「できないよ。ファルの解術をしないと帰せない。そういう契約で、僕はここに連れてきたんだ」
「解術なら私が行う。それで問題はないだろう」
「それじゃ契約違反だ。悠樹に次元転移の反動が来ることになる。リジュ、わかってて言ってるでしょ。いい加減にしないと怒るよ」
「いい加減にするのはそちらだろう。皆で善人ぶって、その娘を元の世界に追い帰そうと―」
ふいに、フィルドの周りに膨大な術力が集まった。
パキン、と硬質な音が響いてリジュマールの姿が消え、代わりに今までその姿に遮られていた池と並木道が目に映る。
空間転移とは別の、強制的に対象を移動させる術でリジュマールを排除して、フィルドが小さく息を吐く。
「フィルド、今の話…………」
問いかけた声は、悠樹自身が驚くほどに震えていた。