死にも勝る不幸の呪い-1
(なんか、めちゃくちゃおかしなことになってるんですけど)
悠樹はそっと視線だけを上げて、そばに座る人の顔色を伺った。
フィルドは相変わらずくすくすと笑い声を洩らし、リジュマールという名の女性は黙り込んで外に視線を向けたまま、どちらも動く気配はない。東屋に不似合いな険悪な空気に、悠樹はまたひっそりと溜め息をついた。
(そもそも、一国の王子に不幸の呪いをかけたのが、フィルドの弟子で?その本人が堂々敷地内に乗り込んでくるってどういうこと?)
その疑問を口に出して、ようやく口を開いたのはフィルドだった。卓の上に肘をつき、手を組んでそこに顎を乗せるとすっと目を細めた。
「術師としての力がそれだけ強くなれば、そろそろ気づいてるんじゃない?ファルにかけられた“不幸の呪い”のこと」
探るような視線で瞳を覗きこまれ、悠樹は確証を持てないまま頷いた。
「……今考えると、あの眠りの術って、どこかおかしかった気がする。“不幸の呪い”がなんなのかわからないけど、私はただ本当に、ファルを起こしただけ。あれは解術なんかじゃなかった、と思う。それに――」
そこで区切って、フィルドを見つめ返す。
こちらを見る翡翠色の瞳にある光が、悠樹の中にある小さな可能性を確信に変えた。
「よくわからないけど、ファルにはまだ、何かの術がかけられてる、気がする」
膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。
それは恐怖に近い感情だった。
悠樹がここで生活できているのはファルシオの呪いを解いた暁姫だからだ。その呪いが継続していると知れれば、悠樹にその意思はなくても周囲の人を騙したことになってしまう。
だが、フィルドは深く頷いた。
「正解。術の軌跡は僕が消したから、普通の術師はわからないはずなんだけど……やっぱり君、すごいや」
翡翠色の瞳が瞬き、ちらりとリジュマールのほうへ視線を送る。それを受けて彼女はわずかに顎を引き、また視線を外に戻した。
「本当は、もう少し解術の能力を上げてから話すつもりだったんだけどね。リジュもいることだし、全部教えるよ。“死にも勝る不幸の呪い”も、百年前のことも。それから、暁姫のことも」
フィルドが静かに告げる。
その口調から間延びした響きは消え、幼さはかけらも感じられない。悠樹も姿勢を正してフィルドを見据えた。
「ファルの“死にも勝る不幸の呪い”は、僕には他の形に変えることすらできなかった。眠りの術は、それを隠すためのカモフラージュでしかない。そして……悠樹が考えている通り、呪いは今もファルの身体に残っている」
「それじゃ……」
目を見開いて呟く悠樹に、フィルドは申し訳なさそうに目を伏せた。
「“僕の友人の呪いを解いてほしい”……この約束は、まだ果たされていない」
だから、まだ君を帰してあげられないんだ。
そう続けたフィルドを見つめ、ショックを受けるよりもどこか安堵している自分がいることに、その理由に。悠樹はまだ気付いていなかった。