二人の使者-2
学科棟を後にして、悠樹は中庭の奥にある東屋へと向かった。そこから見える人工池の向こう、並木道の先に王城がある。国王の居城であり執政の中心でもあるその城に、今朝早くファルシオが呼ばれた。
国王の補佐として政治に携わっているファルシオが王宮に出向くことは珍しいことではない。
だから悠樹もいつものことだと思っていたのだが。
(別に、気になんてしてないもん)
結局、シルクはイエルシュテインから使者が来て、その対応をファルシオがしている、としか言わなかった。
イエルシュテインは、三十年ほど前にカナカスタから独立を果たした新興国だ。セルナディアからカナカスタに譲渡された土地に興ったため、南東の国境に接している。武力をもって独立宣言をした国家だけに、軍事に力を入れているらしい。ここまでは以前シルクの講義で得た知識だ。
だがこの国にはもう一つ、最近になって流れ始めた噂がある。
イエルシュテインの現国王は術具を独占的に扱うセルナディアとの関係強化を望んでいて、自分の娘を贈りたい、とたびたび申し入れているという。娘を贈るということはつまり姻戚関係を結びたいという事に他ならず、立場、年齢共に見合う相手はファルシオしかいない。
そのイエルシュテインからの使者を、当事者であるファルシオが対応している……
悠樹は大きく息を吐き出して頭を振った。渡された陶器の容器を開けて、一つをつまみあげ口に運ぶ。
焼きたてのさっくりした食感と香ばしさが残っているのは、容器が保温の火属性ではなく状態維持の時間属性術具だからだ。
この術具と同じものを、悠樹は以前にも見たことがあった。ファルシオの私室で、である。
(シルクだったら、貴重な時間属性の術具は遺跡の出土品の保管に使う。お菓子の保存なんかに使うはずがないことくらい、わかるっつの。……バカ王子)
ティアトの本当の贈り主に向けて心の中で呟く悪態には、いつもの勢いがない。悠樹はまた大きくため息をついて、視線を落とした。
「あれ?どうかしたのー?」
一瞬、術力が集まり、暢気な声がする。
顔をあげなくても、向かいの席にフィルドが座っているのが気配でわかった。
「噴水事件、まだ落ち込んでる?」
重ねて尋ねる少年術師に首を振って、悠樹は顔をあげた。
「外国から使者が来てるって聞いたよ。何かあったの?」
元気よく聞こえるように意識した声は確かに明るかったが、表情は胸の内をそのまま表している。アンバランスな悠樹の様子に、フィルドは翡翠色の瞳を瞬かせた。