二人の使者-1
「どうしてうまくいかないのかなぁ」
講義の後、悠樹はテーブルに突っ伏して呟いた。壁にかけたスキルフォート大陸の地図を丸めながら、シルクが首を傾げる。
「今日の講義のことではなさそうですね。何かお悩みですか?」
「ん?……うん。術式のほう」
ああ、と頷いてシルクが苦笑する。
三日前、空間転移を使って悠樹が噴水の中に現れた、という話はシルクも聞いていた。それ以外にも、一メートルほど空中に現れて落ちてきた、鍵のかかった倉庫内に転移して出られなくなっていた、食事中のテーブルの上に突如現れたなど、なかなかユニークな噂も耳にしている。
「こんな短期間で空間転移が扱えるようになるなんて、本当に素晴らしい才能ですよ。あまり気を落とさないでください」
「……お気遣いありがとう」
「今度は私のところにも来てくださいね。歓迎しますから」
穏やかに笑うシルクに視線だけ上げて、悠樹は力なく笑う。
「フィルドに言って。私は後を追いかけてるだけだから」
「では、フィルド様がお好きなお菓子の用意をしておくとしましょう。お菓子があれば、あの方は現れますから」
どこで見ているのでしょうね、と呟き、シルクは戸棚から陶器の小物入れを取り出した。蓋を開けると、ふわりと甘く香ばしい香りが漂う。
くん、と鼻を動かしてがばりと起き上がると、悠樹は目を丸くしてシルクを見つめた。
「たい焼き?!」
「たい?……確かに焼き菓子ですが、ティアトというものですよ」
そう言って差し出された容器には、マカロンのような大きさのものが収められていた。黄金色の柔らかそうな生地は表面に軽く焼き跡がある。
一つ摘まんで口に運ぶと、表面はさっくり中はふんわりの異なる食感の生地に包まれた緑色の練りものが顔を覗かせた。色も形も大きさも違うが、その味はまさしく――
「たい焼きーーっ!!……餡子が緑色だけど」
色はずんだ餡、味は小豆餡、という見た目の違和感はあるが、味そのものは懐かしい。満面の笑みを浮かべる悠樹にシルクも頬を緩めた。
「以前、悠樹様から聞いた、豆を甘く煮潰して作る菓子が気になったので、似た製法のものを取り寄せたんですよ。どうですか?」
「ありがとう、シルク!すっごい元気出た。もう一個ちょうだい」
「全部差し上げます。これを食べて元気を出してください。……イエルシュテインの使者は、きっと、ファルがなんとかしますから」
その言葉に、ティアトに伸びた悠樹の手が止まった。
「イエルシュテインの使者?……って、なんのこと?」
「……ご存じなかったのですか」
しまった、と口元を押さえるシルクを見上げて、悠樹はすぅっとその目を細めた。