宣戦布告?-3
「追跡で居場所を特定して空間転移で追いつかないと、今日の講義終われないの。術式研究棟から始めて、三階のテラス、厨房、正門前でしょ、それから、東屋、図書室、食堂でここ」
指を折って今まで訪れた場所を数えながらファルシオの机の前へと進むと、ちょうどフィルドが現れたあたりで立ち止まる。
「次こそ、捕まえてやるんだから」
憤然と言い放ち、すぅっと意識を集中させた。右手の人差し指を立て、ふわりと水平に空気を切った。
「風よ、術の軌跡を辿れ。彼の者を捉えよ」
それは、知り合いを探す探索ではなく、その場で行われた術を追い、詠唱した術師とその居場所を特定する追跡。
風に舞うクモの糸のようにふわふわと所在なく漂っているのは空間転移の残滓。ピンと張り詰めた自らの意識に触れる気配はフィルドのもの。その気配と残滓は術の軌跡となる。
それを追いかけ、手繰り寄せていく。本日八回目の作業だ。
「……中庭、噴水のそば、かなぁ」
ぽつり呟き、悠樹は目を開いた。呆気に取られてこちらを見る二人の男性にスカートの裾を摘んで一礼する。
「急いでおりますのでこれで失礼いたします。非礼をお許しくださいませ」
顔を上げてにこりと微笑むと、悠樹は手の平を下に向けて腕を交差させた。
「我は求める、空間の扉。求める地は中庭、噴水。
道を繋ぎ我を導け」
ふ、とかき消すように悠樹の姿が消える。
いくつかの書類を机から落とす程度には空気が揺れたが、それは完璧に近い空間属性の高位術。目の前でそれを見て、ファルシオとローミッドは顔を見合わせた。
「追跡も転移も、簡単な術ではなかったよな」
「ええ。特に転移は?!」
ローミッドの声をかき消すような悲鳴が窓の外から聞こえてきた。それが一瞬前まで室内にいた少女のものだと悟り、二人が同時に窓へと駆け寄る。
眼下に広がる中庭に悠樹がいた。
彼女が先程指定した通り、中庭にある噴水の―――中に。
吹き上げる水で全身を濡らし、悲鳴を上げながら噴水の中を逃げ惑う悠樹の姿を認めて、ファルシオはくるりと向きを変えて部屋を飛び出し、ローミッドはアリアを探して悠樹の着替えを用意するよう伝えろと侍従に指示を出す。そして彼もまた、自分の主人の着替えとタオルを手に中庭に向かったのだった。
「ある夜の会話」は、庭師の番外編に入れられなかった裏設定。
「執事ローミッドとお買い物」は、教授のために用意したはずのエピソードだったのですが、執事にもっていかれました。
そして「宣戦布告?」は次話へのブリッジ。
小話めいたものが続きましたが、このあたりで閑話休題。
本筋に戻ります。