少年と“約束”-2
「異世界……」
呆然と呟く悠樹に頷きながら、少年は落ち着き払ってカップに唇を寄せた。ふわりと湯気と共にたちのぼる香りに悠樹の思考回路が復旧していく。
(落ち着け、落ち着け私。異世界ってこの子が勝手に言ってるだけだよ。本人も説明が下手だって言ってたし、きっと何かといい間違えたんだ。そうだきっとそうに違いない)
だから、と少年を見やる。カップをテーブルに戻しながら首をかしげる少年と目が合った。
「まぁ、普通疑うよね」
「う、ううん、全然。へー、ここイセカイなんだ。私来るの初めてだなー」
(とりあえず、話を合わせよう。最近の子供ってキレると怖いって言うし)
微妙に裏返った声で返事をしながら、悠樹は必死に笑顔を作る。どこか楽しんでいるような表情で見返す少年に向かって、彼女は質問を重ねた。
「それで、教えてくれるかな。なんで、私はイ、イセカイ?なんてところにいるの?」
「次元転移したから。あ、僕術師なんだ。」
「なに、そのデフィーノとかミンツなんちゃらとか……」
「次元転移は、えーと、異世界へ渡る術。術師はそういった術を使える、君の世界で言うところの、えーと、神官…じゃないな。占師…も違うか。ええと……」
ぶつぶつと何かを呟く少年を見ながら、悠樹は想像よりも彼の中にはっきりとした世界観が存在していることを察して唇を噛んだ。彼にとって、異世界は想像の産物ではなく、本当に自分はそこに住んでいると思い込んでいるのかもしれない。
(疑ってる事がバレる前に、まともに会話できる人を探さなきゃ)
悠樹がそんなことを考えていると、適当な言葉が見つかったらしい少年はぽん、と手を打った。
「そう、魔法使い」
「いないわそんなもん!」
反射的に言い返して、悠樹ははっと口をつぐむ。ここは受け入れなければいけないところだったはずだ。恐る恐る少年を見ると、彼は相変わらずにこにこと微笑んでいる。そして、あっけらかんと言い放った。
「知ってる。君の世界では魔法使いは空想の人物。物語の中にしかいないんでしょ。でもそれって不便じゃない?」
目を丸くして言葉を失う悠樹に少年は笑みを崩さずに続けた。
「まあ信じる信じないとか疑問質問はこの際置いといて、とりあえず話を聞いてよ。ね?」
有無を言わさぬ勢いに押されて悠樹が頷くと、少年はソファに座りなおして口を開いた。
「昔々。とある異世界に、セルナディアという王国がありました。」
(なぜ物語調?)
疑問に思いながらも、幼い子供に絵本を読み聞かせるように語り始めた少年の声に耳を傾けた。