宣戦布告?-1
ふっ、と室内に現れた気配に、ファルシオは顔を上げた。執務室の扉は閉められたままだが、机の前に立つ人物が増えていることに眉を寄せる。
「フィルド様。何度も申し上げておりますが殿下の執務室へ直接空間転移されるのはご遠慮ください」
ファルシオより早くローミッドがいつものように文句を言い、フィルドもいつものようにそれを無視してにこりと笑った。
「何、僕に聞かれたくない話とかしてるの?」
「違います」
「大丈夫、ファルとローだけの時しかやらないから」
「そういうことではありません」
このやりとりもいつものことだ。
フィルドが言う通り、彼は本当に入ってきて欲しくない時には絶対に現れない。つまりは、室内に誰がいるのか、空間転移前にわかっていることを示している。
それはそれで居心地が悪いのだが、フィルドの能力の高さを考えれば、知りたくなくとも知りえてしまう可能性も否定できず、国王もファルシオも、それについて何かを言うということはなかった。
二人の言い合いを聞きながら、ファルシオはまた手元の書類へと視線を戻した。フィルドの様子から緊急性が低いことを察して、自身の仕事に意識を切り替える。街道整備の進捗報告書、魔獣被害に関する報告書と騎士派遣の予定表、と次々目を通してはサイン、分類していく。
フィルドはファルシオの机に腰掛け、半身をひねってその様子を見つめていた。何か言うわけではなく、積極的に邪魔をしようとするわけでもない。
だが、ただじっと見られているのも気が削がれて、ファルシオは再び顔を上げた。
「何か用があるのか?」
「うん」
頷いて、フィルドはファルシオを覗き込んだ。その瞳が、悪戯っぽく輝いている。
「ね、ファルは悠樹のこと、どう思ってる?」
「……何だ、急に」
呆れたような声から一転、ファルシオの顔と声が固くなった。それを確認して、少年術師はにんまりと笑う。
「あの子、想像以上にイイからさ。……ファルにあげるのもったいなくなっちゃった」
くしゃり。
音がして、ファルシオの手にあった書類が握りつぶされる。
その書類は、カナカスタとの国境にある河川に架ける橋の建設に関する稟議書で、ファルシオが数日前から作り、昨夜遅くに仕上げたものだ。各担当部門の責任者や国王から承認を受けるだけだったそれは、まるで書き損じたかのように皺が寄ってしまっている。こうなっては提出できるはずもなく、書き直しを余儀なくされるだろう。
だが、それを気にした様子もなくファルシオはフィルドを見返し、彼もまた、表情の消えたファルシオから視線を外さずに口を開いた。
「悠樹を僕にちょうだい」