執事ローミッドとお買い物-1
「ローミッドさん、お願いです。私をこのお屋敷で働かせてください」
ある朝、悠樹はローミッドの姿を見つけると、そう言って頭を下げた。突然の申し出に彼は目を瞬かせ、やがて小さく頭を振った。
「お顔を上げてください。まずは、理由を教えていただけますか」
優しく問われ、悠樹はゆっくりと顔をあげてローミッドを見た。彼の瞳に浮かぶ困惑の色を見てとって、小さく息を吐く。
「理由、ですか。…………言わなきゃダメですか?」
「仰りたくないのなら、それでも結構ですが。ただその場合、雇い入れることはできません」
「う……」
「主としてお迎えしている方を雇えなどご無理を仰られているのです。せめてその理由をお教えいただけませんか」
悠樹にも、無理を言っている自覚はある。アルバイトの採用面談でも動機を聞かれることは少なくないのに、ここは皇太子殿下のお屋敷なのだ。そう簡単に採用などされるはずもない。
悠樹はきまり悪そうな顔で、ローミッドを見上げた。
「あ、あのね。買い物、したいの。だけど私、自分のお金って持ってない、から」
真っ赤になって話す悠樹にローミッドの頬が僅かに上がる。
悠樹は今、王族あるいは国賓と同等の存在としてセルナディアに受け入れられている。望めば、大抵のものは手に入れられる立場なのだ。にも係わらず、自由に使える金銭がないから働いて稼ぎたいというあまりに健全な思考は、ローミッドにとって新鮮だった。
銀食器の磨き具合のチェックをしている最中だった彼は、右手に持ったままの魚料理用ナイフをケースに戻した。その、視線を落とす僅かな時間の間に表情を元に戻す。
「ご入り用のものがあれば取り寄せます。ご覧になって選ばれるのなら商人を呼びましょう。支払いについては悠樹様はお気になさらなくて――」
「そ、そうじゃなくて」
慌てたように遮る悠樹にローミッドは首を傾げた。
「森の向こうの街に行ってみたいの。でも自分のお金がないとつまらないでしょ?……その、何か欲しいものがあるわけじゃなくて、ただ……前みたいに、ただブラブラ見てまわりたいだけなの」
心の中に留めたはずの声は、呟きとなってその場に落ちた。聞き逃してしまいそうなほど小さかったが、それこそが悠樹の本音なのだろうとローミッドは悟る。
俯いてしまった悠樹の後頭部を見つめながら、ローミッドは思考を巡らせた。今日一日の使用人たちのシフトと自分の予定を組み替え、わずかな時間の余裕を作ると、膝を折って下から悠樹の顔を覗き込む。
「では、街へ行くことが目的で、労働そのものを望まれているわけではない、ということでよろしいですね?」
「え……あ、うん。でも―」
「私がご一緒いたします。お望みのものがあれば用立てますからご安心ください」
ローミッドの申し出に、悠樹は一瞬目を見張り、すぐに頭を振った。
「え、でも―」
「アリアに外出の用意をさせましょう。」
そう言ってローミッドは悠樹を促して食堂を出、アリアと自分の侍従を呼んで外出の予定を伝えた。