術師フィルドの術式講義-4
見た目ほどの重量はないそれを、くるりと片手で回してから悠樹はファルを見返した。
「一応、訊いとく。……これ何」
「一応、言っとく。術式練習用の杖」
悠樹の口調を真似して、フィルドが口角を上げた。
「指先じゃなくて、この先端に力を集めてみて」
(やっぱりーーーーっ!!)
青くなったり赤くなったりする悠樹の顔色を観察して、フィルドがにっこりと笑う。普段の感情の乗らない笑顔ではなく、何かを企んでいる時の作り笑顔。悠樹はこの笑顔が嫌いだった。
大抵、この笑顔のあとにひどい目にあうのだ。
「杖なしでは詠唱できなくなっちゃうくらい依存しちゃう人もいるから、できれば使いたくなかったんだけどね。コントロール覚えるまでは、道具に頼る方がいいと思うんだー」
もっともらしいことを言うフィルドに、反論しようと言葉を探しているうちに、彼はまたにっこりと笑った。
「というわけで、その頂点に力を集めて、もう一回発火の術言」
「え、ちょっと、待っ……」
「大丈夫。その杖、ちゃーんとコントロールしやすいように作られてるから」
「だからってこんな……」
(こんな魔法ステッキで魔法みたいな術使えって、どんな羞恥プレイ?!)
「……さっさとやる」
言いかけた文句を飲み込む。腕を引き、丸めた紙に向かわせるフィルドの瞳が、急激に温度の下がったものに変わったからだ。
悠樹はため息を吐き、キラキラと光るスリー・ポインテッド・スターを見て肩を落とす。が、すぐに表情を引き締めて目を閉じた。
杖を紙にかざし、意識を集中させる。
「集え火の気。留まりて炎を起こせ」
一瞬だけ、杖の先端の球体に赤い光が走って消える。その様子を見て、フィルドは小さく目を見張り、やがて小さく笑みを浮かべた。
「はい、いいよー」
恐る恐る薄目を開いた悠樹は、次の瞬間目を丸くした。紙がじわじわと炎に包まれている。
「これなら成功レベルかな。おめでとー」
にこにこと笑うフィルドの顔と手にした杖とを交互に見比べて、悠樹もようやく笑みを浮かべた。
「これ、見た目はおもちゃっぽいけど、すごいんだね」
「頼りすぎはよくないけど、感覚が掴めるまではそれ使ってもいいよー」
その言葉に悠樹は深く頷き、その日の講義は終了した。
*****
その夜。悠樹はアリアに杖を見せ、それを手にするまでの経緯を話して聞かせた。
「そうでしたか。では、これは本物なのですね」
「ん?これは、って?」
「最近、似たような杖が街で流行っているんです。確か、『暁姫様の奇跡』という名前で、子供向けのセルナディア土産の人気商品なんですって。商人さんもおもしろいものを考えますね」
くすくすと笑うアリアからは悪意は感じられない。だが悠樹はその内容に絶句し、手にした杖をもう一度よく見直した。
そして、スリー・ポインテッド・スターに小さく刻まれた文字を見つけるなり、それを放り投げる。
『古の国セルナディア観光記念 メルツァード商店』
床の上で転がる杖には、確かにそう刻まれていた。
便乗商売万歳!
今回のコントロール力向上は、いわゆる偽薬効果です。これを使えばできる、という気持ちが生んだ『暁姫様の奇跡』(笑)