直面した現実-6
「泣くなら今しかないよ」
「……な、に……?」
「今なら泣いてもいいの。ここには私しかいないから。でも明日はダメ。王になる人が、自分の国の人にそんな顔見せちゃいけない」
ぴくりと、彼の身体が小さく緊張した。
驚きに目を見開いて、それでも振り払うことなくファルシオはじっと悠樹を見つめ返す。その目に自分が映っていることを確認して、悠樹はさらに言葉を続けた。
「国よりも息子の命を選んでくれた王がいる。慕ってくれる仲間も、一緒に時間を越えてくれた部下もいる。思い出のある城も屋敷も残ってる。どんなに少数でも城に住む人は守るべき国民、この城だって守るべき土地。あなたの国はここにある。そうでしょう?かつてこの地を治めた王がどれほど偉大だったのか、見返してやればいいじゃない!」
(無茶苦茶だ)
言いながら、そう心の中で自分に突っ込む。でも誰だって住みやすい国に住みたいはずだ。
たとえ今は王城とこの屋敷しかなくても、やがて他の二国から土地の返還がある。百年前より規模は小さくなっても、国として、王として、その力量を示すことはできると信じたい。
「諦めないでよ!ファルが諦めたら、皆どうしたらいいのかわからないよ!」
うまく言葉にできないもどかしさと、高ぶりすぎた感情のせいで目尻にうっすらと涙が浮かぶ。そんな悠樹を、ファルシオはただ黙って見つめ返していた。
長い沈黙の後、ファルシオは伸ばした指で悠樹に触れ、涙を拭って小さく笑った。
「俺に泣けと言っておいて、先に泣くやつがあるか」
「……るさい」
顔に添えられたままの悠樹の手に自分の手を重ね、ゆっくりと握りこむ。そうやってファルシオは彼女の手から解放させた自分の顔を、改めて悠樹に近づけた。
「っ!」
ふわりと、額に柔らかなものを感じた直後、悠樹はファルシオの腕の中にいた。夜風に晒されていた体の筋肉が、その温かさに弛緩する。と同時に、何が起こったのかを理解した思考が、その衝撃に石化した。
「確かに、お前は俺の“暁姫”だな」
ため息にも似た囁きが耳朶をくすぐる。そこに含まれる感情を推し量る余裕は、今の悠樹にはない。
「この国のあるべき姿を取り戻す。……手伝ってくれ」
固まっている悠樹の瞳を至近距離から覗き込んで、ファルシオが笑う。さきほどまでとは違う、自信に満ち溢れる凛とした表情で。
赤くなった顔をさらに赤く染め、こくこくと無言で頷く悠樹をもう一度強く抱きしめると、ファルシオは力強い足取りでテラスを後にした。
解放され、ぺたりと座り込んだ悠樹が、自分の額に手を当てると。
そこにはまだ、彼の口唇が触れた感覚が残っていた。