直面した現実-5
悠樹が昔から聞かされていたお伽話は、深い眠りについたお姫様が自分を目覚めさせた王子と結婚し、王子の城で幸せに暮らすというもの。それでハッピーエンド。
だから考えたころなどなかったのだ。共に眠りにつき、共に目覚め、そして娘を嫁に出した後の城に残された王様と王妃様がどうなったのか、なんて。
限られた土地の中に多くの国は存在しているこの大陸で、王は自国の兵力、財力、政治力を駆使して国を守っている。その中の一国であるセルナディアが突如姿を消したら、国は荒れ、多くの人が傷つき、やがて蹂躙されてしまうのは火を見るより明らかだった。
争いになり、民が傷つく。
何よりもそれを恐れたセルナディア国王は、周囲にある友好国に国土・国民の譲渡を申し出た。友好関係にある各国の王家との間で初めから国を解体しておけば、余計な血は流れないと踏んだのだ。各国の王は最初こそ辞退したが、セルナディア国王の意思の強さの前にそれを受けるしかなく、彼らは自分達の後継者に土地と国民の返還の約定を引き継がせることを誓った。
それが百十〇年前、ファルシオが生まれて数年後に行われた取り決めだったと。宿で、そして道中で聞いた話ではそうなっていたはずだった。
ところが、現在のルクスバード国王はその約束を反故にした。そればかりか、ファルシオに臣下の礼を強いての謁見の席で言い放ったのだ。
『王が眠りにつくなど怠慢。国を治めることを放棄した王に返す土地などない。』
それが民意だと、その王は言ったのだ。
正直、悠樹にはどちらの言い分が正しいのかはわからなかった。
悠樹の国にも、すべてを投げ出して任を辞してしまった大臣がいた。彼らの事情は公表されず、その行為だけを取り上げて無責任と断じる世論があった。それと同じことをセルナディア王家は民に対してやったのだと、だから返還するわけにはいかないのだと、そう言われてしまえば悠樹も彼を擁護することは難しい。
(百年も前の約束なんか知らない。そう言ってくれれば、まだ救われたのに)
ルクスバード国王の言葉は、土地も民も、全てを守ってきた者の自負が言わせたものだと、政治に関しては素人である悠樹でもわかってしまった。ファルシオであればなおのこと強く感じたことだろう。
それでも。それでも今は。
悠樹はファルシオに手を伸ばした。肩にかけた上着が落ちたが、かまわずその顔を両手ではさみこむ。かなり前からここにいたのだろう、その肌は冷たく冷え切っていて、悠樹の熱を奪っていく。金を帯びた瞳は深い闇の色に沈み、風が巻き上げる金色の髪もパサパサとしていて精彩に欠けている。
(迷子みたいな顔。…………こんなの、見たくないよ)
気付けば、そう強く思っていた。