直面した現実-4
今、彼を一人にしてはいけない。
そんな思いに突き動かされるように、悠樹は言葉を続けていた。
「桜が咲けば花の下で、ホタルが飛べば川べりで、紅葉の時期には赤く染まった葉を拾って、雪が降ったら庭に出て。季節によって見え方が変わる景色を楽しむってこと、ここではしないの?」
「雪や紅葉が見たければ、名所への行啓になるな。ここは季節で景色が大きく変化しないから、この地にいながらそういったものを楽しむことは馴染みがない。」
「そっか。」
会話はそこで途切れ、風の音だけがテラスに響く。悠樹が話題を探して視線を彷徨わせていると、先に口を開いたのはファルシオのほうだった。
「セルナディアでは…………」
「ん?」
ぽつりと呟いたきり、また黙ってしまったファルシオを促すように見やると、月を眺めていた視線を下へと戻しながらファルシオが続けた。
「セルナディアでは、一年の始まりに向こうにある王城のテラスで国王が挨拶をする。戴冠式、王族の生誕、国民に広く知らしめる儀式は全てそこで行われるんだ。そういった時には敷地の多くが解放されていて、ここからでも大勢の人が集まっているのがわかるくらいなんだ。……俺が目覚めず、この城が眠りにつくことが決まった時も、同じように皆が集められ、知らされたらしい。」
いつもと変わらない整った横顔と、いつもと違う暗く硬質な声。どこか落ちつかない動作。悠樹のほうを向くことなく、テラスから眼下に広がる景色にむかって言葉を紡ぐ。
「城の周りは、こんなに深い森じゃなかった。街道が整備され、手を入れた明るい木々に囲まれていた。その木が成長して森になったのだろうな。魔獣などいなくて、市場には人と活気が溢れていて……。深い森と魔獣がいたから、この城は盗人などに荒らされることがなかったのだとは思う。だが……」
混乱を表すように話は前後し、吐き捨てるように紡がれる言葉は自虐的だ。景色を見ながら独り言のようにつぶやく横顔が痛々しい。
何も出来ない無力を感じながら、ただ悠樹はその言葉が彼自身を傷つけていくのを見つめていた。
「それが時間の流れからもこの城を切り離していた。守るべき民も土地もない。なにが王だ!」
風がキャンドルの灯を揺らし、その横顔に影をつくりだす。それがまるで泣いているように見えてドキリとした。
「ファル王子が悪いわけじゃない。そうでしょう?」
咄嗟に出てきた言葉はあまりに陳腐なもので、悠樹は歯噛みする。
「皆そう言う。だが俺のせいだ。俺が自分のせいではないと認めるなんて、許されることではない。」
「……………………」
かける言葉を失って悠樹は視線を月に戻した。