白い世界-4
「呪い……」
ぽつり、悠樹が呟く。
「そう、呪い」
にこり、少年が笑う。
「…………えーっと」
眉間をぐりぐりと人差し指で押さえ、しばし逡巡した後に悠樹は一つ息を吐いて顔を上げた。
「それって、みんなが動かなくなったこととか、白くなったこととか」
ちらりと足元を見、すぐに自分と同じ高さにある少年の顔に視線を戻す。
「それからあなたが浮いてることとか、そういった不思議現象と関係ある?」
「ない」
きっぱり言い切ってから、少年は少しだけ首を傾げた。
「直接の関係はない、って言ったほうが正確かなぁ。友人の呪いと、この世界が発生した原因には直接的な関係はないよ。」
そう言って、彼は悠樹の目の高さから三十センチほど下、地面へと着地した。そのままスタスタと歩いて二メートルほど距離をとる。
「なんで動けるの」
「僕はここにいて、ここにいないようなものだから。この世界の理には縛られていない」
意味のわからない回答を口にすると、さて、と少年は悠樹を見た。
「答えを聞かせて。」
僕はどっちでもいいけど。
そんな言葉が続きそうな口調に悠樹は黙って、少年を見つめ返した。
(呪いなんて見たことないし、解けるかどうかなんてわからないんだけど)
しかし、少年は悠樹が呪いを解けると信じているように見える。そして、悠樹は少年がこの世界から自分を助けてくれることを疑っていない。そのことを不思議に感じながら悠樹は目を閉じた。
(このまま動けないのも、このまま死んでしまうのも嫌だ。絶対。)
それだけは確実。だからやっぱり、答えは一つしかない。
自分自身を納得させるように心の中で呟いて、目を開き、少年の瞳を見つめる。そして、その言葉を口にした。
「三番……助けて」
悠樹の言葉に、少年はぱぁっと表情を輝かせると、何度も頷いて見せた。
「了解♪“約束”だよ。それじゃ―」
鼻歌でも歌いだしそうな楽しげな声で一端区切り、両腕を肩の高さまで上げて悠樹へと突き出した。同時に滑り落ちるように笑顔が消える。
「目つぶって黙ってて」
表情と、低く早くなった口調で少年のまとう雰囲気ががらりと変わった。ぞくりと、本能的な恐怖が背筋を走り、悠樹は言われた通りに目をつぶる。
それを確認して、少年は腕を振りおろした。
指先からは金色の光が走り、屋上で描いた文字らしきものが少年と悠樹の足元に展開する。少年が何事かを囁き始めると、光は表面に複雑な幾何学模様を描く球体へと成長していった。
低く高く、歌うような少年の声に応えるように光は明滅を繰り返し、やがてゆらゆらと、まるで陽炎のようにその存在が不確かなものへと変化すると。
ふいに、ふっとその姿を消した。
後には、動く者が誰もいない、モノクロの世界だけが静かに残されていた。