直面した現実-2
ファルシオがベッドにいるせいで、普段と視線の位置が逆転している。身長が高いほうではない悠樹は、そもそも見上げられることに慣れていない。居心地の悪さに、つい視線をそらすと、その瞬間を狙ったように、ファルシオが単純明快な答えを口にした。
「暇だろ」
「……は?」
呆れて見返せば、笑みを浮かべる男と目が合う。
「俺が出かけることになればシェリスとローミッドは供をすることになる。シルクは自分の目で百年の変化が見たいと言って同行を申し出た。フィルドはまだ術師としての仕事から手が離せない。そんな状態の屋敷に残ってどうする」
「どうするって…………息抜き、とか?」
「だったら、屋敷の中にいるより外に出たほうがいいだろう?それに―」
そこまで言って、ファルシオは口を閉ざした。何かに気付いたように言葉を切り、視線を逸らす。
あー、うー、と意味を持たない言葉を発しながら、何かを思い悩むその様子は、いつも堂々とした物言いをする彼には珍しい。
「それに、何?まだ何かあるの?」
「あ、ああ。今通っているのは、かつてはセルナディアだった土地だ。今後どうなるかはわからないが、一応、国交があったルクスバード、そこで生活する人々。実際に見たほうが、知識として身につきやすい」
「……それだけ?」
一息に言い切るファルシオを胡乱げに見ると、彼はわずかに赤くなった顔で悠樹に視線を返す。今の発言に対して訂正や補足をする様子はなく、その気もないことを態度で表しているようにも見える。
(絶対、何か隠している)
悠樹がそれを追求する前に、ファルシオが視線を逸らした。
「――言えるか」
「え?何?」
ぽつりと零れ落ちた独り言を拾い損ねて、悠樹が聞き返す。はっとしたように顔を上げると、ファルシオは、なんでもない、と言って首を大げさに振った。
「それより、昨日は何か用があって俺の部屋に来たんじゃないのか」
かなり強引に話題をすりかえると、ファルシオは立ち上がって悠樹の手を取った。そのままソファへと誘導されてしまうと、さすがに悠樹も話を蒸し返すこともできない。
「別に。シルクの講義が終わったからその報告と、ローミッドさんに基本マナーの……補講をお願いに」
「補講か。……厳しいだろ、あいつ」
くっと笑いながらファルシオは廊下へ続く扉に視線を送った。噂の執事は、シェリスと共に宿の主人と警護の打ち合わせのため階下に行ったまま、まだ戻る気配はない。悠樹もファルシオと同じく、扉を見てから頬をふくらませた。
「もうめちゃくちゃ厳しい!一回間違えただけで最初からやり直しって言われて、結局半分も進まないうちに時間終わっちゃって」
「それはお前がどんくさいだけ……ちょっと待て。そんなレベルでルクスバード国王に会う気か?」
「私は会いたいなんて言ってない!勝手に連れて来たのはファル王子じゃない!」
そんな他愛のない話をするうちに夜は更け、彼らはそれから数日かけてルクスバードの王都へ向かった。そこで、お伽噺ではない現実と直面することになる。