直面した現実-1
「それで?」
「ん?」
詰問口調の悠樹の言葉に、ファルシオは本のページを繰る手を休めて彼女を見上げた。
ベッドのヘッドボードに寄りかかって脚を投げ出しているにも関わらず、そこにだらしなさは感じない。むしろ、どこか艶やかな雰囲気さえ醸し出しているようで、見ているだけで妙にどぎまぎしてしまう。
それを誤魔化すように、悠樹は腰に手をあてて彼と対峙した。
「何がちょうどいいから、私も一緒に出掛けることになったわけ」
「必要だからだ」
そんなことか、と興味を失ったようにファルシオは手元の本に視線を戻し、悠樹はさらに不機嫌な表情でそれを見下ろした。
話は夕方に遡る。
シルクの講義がファルシオの提案によるものだと知り、礼を言うために彼の執務室に向かった悠樹は、扉をノックしようとした時、中から出てきた兵とぶつかりそうになった。それを見送ってから部屋を覗くと、机上の整理をしているファルシオと目が合い、「ちょうどいい」という謎の言葉と共に馬車に放り込まれた。悠樹の思考はその急展開についていけず、結局お礼の言葉も言いそびれたままだ。
とはいえ、何もわからないまま、どこかへ連れて行かれるのも不安だ。
街道沿いの街宿についてすぐ、悠樹はファルシオの部屋に乗り込んで行き、冒頭の疑問を投げかけたのだ。
納得できる説明があるまでそこから動くつもりはない、と態度で告げる悠樹を見上げ、ファルシオは手にした本を閉じた。
「俺にかけられた眠りの術のせいで、セルナディアは百年前消滅した」
「え?」
「王子共に、王と王妃、城中全員眠りに落ちたんだ。政治を行う者がいなくなれば国は国の形を失い、そこに暮らす民が困る。だから父上……陛下は長い眠りに入る前に国を分割し、周りの国に譲渡した。いずれこの地に戻る日にその何割かを返還してもらう約束で」
本の上で握られた拳に、ぐっと力が入るのがわかった。冷静に聞こえる声からは伺えない、彼の本心がそこに見える気がして、悠樹は声をかけることもできずにそれを見つめていた。
「カナカスタ、ヤンナチェルクは国内の処理が済み次第返還の返事をしてくれた。だが、ルクスバードからは返事がもらえなくてな。」
「ん?無視されてるってこと?」
「簡単に言えばそうなる。だから、返答内容の確認と今後の国交について、直接会って話をする必要が出てきた」
ふぅん、と納得しかけて我にかえる。悠樹は一歩前に踏み出して、ファルシオを見下ろした。
「それはいいけど、私が一緒に行く理由にはならないんじゃない?」
ぱたん、と音を立てて本を閉じると、ファルシオは色素の薄い瞳で悠樹を見上げた。




