シルク教授の学科講義-3
やがて、シルクは言葉を切り、ふわりと笑って見せた。
「ではここで質問です。先程、この音楽を生み出した国はある宗教的特徴を持っていたと言いましたね。それはなんだったか、覚えていますか?」
「えっと、さなぎから成虫へ変わることを死からの復活と考えていた。だから、蝶を不死の象徴として、信仰の対象にしていた。しばしの別れ、彼の人は戻る、いつの日か。あの曲は、そんな歌詞が歌われていたんでしょ?」
「その通りです。位置と歴史的特長はわかりますか?あぁ、地図はこちらです」
「セルナディアの南東だから……このあたり?領土を巡ってセルナディアとは何度も対立した仲が悪い国。女王は最後まで独立を守ろうとしたけど、セルナディアへの恭順を掲げる家臣がクーデターを起こして政権が交代。自治権を持つ属国になったけど、結局はセルナディアに吸収された…………って、あれ?」
「その国の名前は?」
「……タワティアナ」
「よくできました。では、今日の講義はここまでにしましょう」
にこやかに笑うシルクを見上げ、悠樹ははっと目を見開いた。
(やられたーっ!)
拳を握り、ふるふる震える悠樹をみつめると、シルクはふいに顔を近づけた。
「騙し討ちのような方法で申し訳ありません」
「あ」
振り仰ぐと、予想に反して真剣な瞳でこちらを見返すシルクと目が合う。
「…………私のほうこそ、ごめんなさい」
「悠樹様が謝ることではありませんよ」
至近距離で見つめあう格好のまま、シルクがふっと表情を緩めた。細められた瞳に浮かぶ笑みに、悠樹の顔が自然赤くなる。メイドたちの噂も、案外的外れというわけではなさそうだ。
「異世界の女の子に、突然この世界の地理・歴史・文化を覚えろ、なんて無理を強いているのはこちらのほうです」
悠樹が心の中で何度も繰り返した言葉を口にすると、シルクは彼女の目を見返した。
「だから、ファルもこんな方法を選んだのでしょうね」
「え?」
予想もしなかった言葉に驚いて声を上げると、目の前の青年は眉を寄せ笑みを作った。どこか悲しむような、そんな表情を乗せて。