シルク教授の学科講義-1
「納得いかないんですけどー」
ぷぅっと頬を膨らませて、悠樹は頬杖をついた。テーブルの上には分厚い本が数冊とノート、そしてセルナディアがあるスキルフォート大陸の地図が広げられている。
「申し訳ありません。説明が不足していましたか」
「そうじゃなくて」
「では続きを―」
「そうじゃなくて!」
しれっと先に進もうとする男をにらみつける。
こんなやり取りをすでに数回繰り返しているのだが、相手のほうが数枚上手なために悠樹はいまだこの状態を抜けられずにいた。
「困りましたねぇ」
言葉とは裏腹に、この状況を楽しんでいるかのように微笑むのは、この部屋の主、シルク・カザフリント。
形のよい唇と藤色の瞳に浮かぶ微笑は至宝の如く。仕事中しか見ることの出来ない眼鏡姿は色気四割増。甘い声で囁かれたら、何でも言うことを聞いてあげたくなる。―――とは、メイドたちの間で評判の噂だが。
「困ってるのは私」
今の悠樹に通用しないらしく、彼女は不機嫌も露わにしてその男を睨みつけた。
予告された通り、ファルシオ監修の元に悠樹の王族研修スタートした。
ローミッドの作法・マナーに始まり、嗜みとして必要だと言うダンスはファルシオが、乗馬はシェリスがそれぞれ担当してスケジュールが組まれた。
一番大切な術については、フィルドの仕事が終わっていないという理由で未だ始まっていないことが、不満ではあったが、悠樹はそれに従って日々を過ごすことになった。
三日目、学科棟に向かった悠樹を待っていたのは、シルクが受け持つ、セルナディアを含むスキルフォート大陸の地理と歴史の『講義』。それがどう自分に必要とされているのか、いまいち理解ができなかった悠樹は頬を膨らませていた。
聞く耳を持たない様子の悠樹に、シルクは小さく首を振り、手にした本を閉じた。テーブルにそれを置き、眼鏡を外すと、じっと目の前の生徒を見つめる。
「悠樹様の国にも、国を代表する者や政治を行う者はいますよね」
「いるけど?」
それが何か、と言わんばかりの眼差しを正面から受け止めて、白皙の青年は穏やかに言葉を続ける。
「例えばその者が、交流のある国の文化を知らず、その国で非礼にあたる行動を取った場合、それは個人の責任ではすみませんよね」
「そう、だけど」
「例えばその者が、悠樹様がお住まいの地区の特産品や地域行政について無知だった場合、その者の発言を悠樹様は信用することはできますか?」
「できない、けど」
シルクの言わんとすることがわかって、悠樹の反論が小さくなる。いや、悠樹もなんとなくはわかってはいるのだ。この世界で自分に与えられた立場も、それらが必要とされる理由も。
だが――
「例えばその者が―」
「ああもう!わかってるってば!」
「わかっていても納得していない、といった様子ですね」
激高した悠樹の想いを代弁して、シルクはふいに視線を逸らした。
「まぁ、無理もありません」
ぽつりと呟く声に、言うべき言葉を奪われた悠樹も黙りこんだ。