属性と術具-6
シルクが去ると、とたんに室内が静かになる。アリアは、ぐったりとソファに沈み込んでいる悠樹のそばに跪いた。その表情はどこか楽しそうだ。
「響鳴箱は内部の音を拡張する風属性、刻音はその音を球体に留める時間属性の術具です。時間属性の中でも刻音は特に数が少ないので、私も初めて見ました」
「時間と風……。そういう使い方もするんだ」
言いながら、袋から取り出した藍色の刻音を響鳴箱に落とす。すぐに室内にハープの音が響いた。弦・木管楽器も加わって、室内楽編成でゆったりとしたワルツが流れ始める。
「あー、これは聴いたことある。陛下に招待された晩餐会で流れてた」
「これはセルナディアの伝統的な歓待楽曲ですね。賓客をお招きする時に演奏することが多いようです」
(賓客……)
言葉が持つ重みに悠樹が項垂れる。
王子を目覚めさせ、その屋敷に住まう。それが意味することを知ったのは最近だ。というより、屋敷や王城に住む人々の視線、態度に教えられた。
自分は、王子ファルシオの妃候補なのだと。
ファルシオ本人や国王夫妻にその意思はないようだが、アリアが以前言った通り、暁姫は皇太子妃として国を繁栄に導く、という話が当然とされる雰囲気が使用人たちの間にあった。ファルシオと一緒にいて、背後からピンクの視線やら黄色い歓声やら、嫉妬交じりの黒い思惑やら、いろいろなものが向けられる気配を感じたのは一度や二度ではない。
「ただの高校生で、灰色の受験生なのにねぇ」
(今は親不孝な行方不明者だし……)
ぽつり、呟く声がノックの音でかき消される。応対に出たアリアがファルシオの来訪を告げ、よいせっと声を上げて悠樹は腰を上げた。
身分が上の人物が部屋を訪れた時は入り口まで出迎える。それが礼儀だと教えられたのだ。
以前一度だけ、どうせ一緒に部屋に戻るのに?と文句を言ったことがあるのだが、その時に向けられたローミッドの冷たい微笑が忘れられず、それ以降、悠樹は彼には逆らっていない。そして彼に対してだけは、苦手な敬語が続いていた。
「シルクは来たか?」
「うん。不思議プレーヤー置いてった」
部屋に入るなりどっかりとソファに腰を下ろしたファルシオの向かいに座って、悠樹はテーブルの上で音楽を奏で続けている金魚鉢風術具を指差した。
「響鳴箱か。……なるほど、あいつらしい」
呟いて口角を上げると、ファルシオは顔をあげた。
「ようやく、こちらの仕事の目処が立ちそうだ。俺は各国の返事待ち、シルクは資料の到着待ちといったところだな」
「ふーん、お疲れ様」
「だから、そろそろ始めようと思ってな」
「……何を?」
ことんと首を傾げる悠樹に、ファルシオはにやりと笑った。
「元の世界に戻るための知識と、この世界で生きるための知識。この屋敷に住む上で必要な最低限の作法。悪いがきっちり身につけてもらう。……覚悟しろよ?」
悪いとは少しも思っていないであろう表情に、悠樹は目を見開き、やがてがっくりと肩を落とした。