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眠れる城の王子  作者: 鏡月和束
眠れる城の王子 〜本編〜
37/166

【番外編】庭師見習いベイの受難

遅くなりましたが、お気に入り登録100名様突破記念番外編です。

感謝の気持ちを込めて。



※時系列的には、本編より少し未来になります。そのため、一部呼び方が変わっています。

 パタパタと軽い足音が聞こえて、ベイは顔を上げた。

 作業台の上には寄せ植え用植木ポットが、半分ほどまで土を入れられた状態で置かれている。花の配置を決めかねて試行錯誤を繰り返している最中だったのだが、聞き覚えのある音に、彼はその手を止める事にした。

 バァンと派手な音を立てて扉が開かれ、姿を表したのはベイの恋人だ。異世界から現れ、彼らの主を救った奇跡の女神、暁姫(エイル)悠樹に仕えるレディーズ・メイド、アリア・ヴェーテ。年齢は下だが、使用人の階級としては遥かに上に位置する少女は、常にはない勢いで扉を開けると、ベイの元へと走り寄った。

「どうしたんだい?ずいぶん慌てているね」

 彼女らしからぬ登場に驚きながらも、ベイは笑いかけた。両手で胸を押さえ、激しい呼吸を繰り返すアリアは、にこりともせずにベイを見つめ、そしてキッと眦を強くした。

「ベイ。あなたに確認したいことがあるの」

 その表情よりも険しい声に、ベイは心の中で自問自答した。何か、彼女を怒らせるようなことをしただろうか、と。

「あなた、悠樹様のことどう思ってるの」

 唐突な質問に面食らう。目を瞬かせ、もう一度笑みを浮かべようとして失敗し。そして一言、彼にとっての第一印象を述べた。

「どうって……素敵な方だと思うよ?」

「それだけ?」

 アリアが纏う空気がさらに冷たくなる。ベイは慌てて、言葉を続けた。

「そうだなぁ。……明るくて元気で、努力家だね。毎日お屋敷と学科資料棟と術式研究棟を往復していらっしゃるし、中庭のベンチや東屋で読書をされているのも見かけるよ」

「……それだけ?」

 アリアの目が細くなる。これはよくない兆候だ、とベイは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ベイの恋人は普段は温厚で優しいのだが、一度怒らせるとなかなか機嫌を直してくれない。その不機嫌の兆候が、この目を細める仕草なのだ。

 理由はよくわからないが、アリアはとてつもなく怒っている。そして、その原因は、彼女の主に関することなのだろう。

 ならば、と、ベイはアリアの機嫌を取るために暁姫を褒める言葉を続けた。

「アリアが言う通り、気さくでお優しい。よく庭の花や植木の名前を訊かれたりする。先日ジリスの花を差し上げたらとても喜んでくださった。そうそう、この植木ポットも暁姫様に差し上げようと思―」

「やっぱりそうなのね!」

 そう叫んだかと思うと、アリアの大きな瞳にじわり、涙が浮かんだ。見る間にそれは溢れて流れ出し、ベイを慌てさせる。

「な、何、どうしたの……」

「信じてたのに!ベイの馬鹿!」

 そう叫んだかと思うと、アリアはくるりと向きを変えて部屋を飛び出した。ベイはただ、呆気にとられてそれを見送り。

「…………大変だ」

 やがて、真っ青になって彼女を追いかけた。


++++++++++


 その夜、ベイはぐったりとして自分の部屋のベッドに横たわっていた。

 結局、屋敷や中庭、広場などを探したがアリアは見つからず、彼女を泣かせてしまった理由もわからないままだ。その上、なぜか色々と邪魔が入った。


 部屋を出て中庭に向かったら、まず執事に捕まった。起床から就寝までの普段のタイムスケジュールを報告しろと言われ、「一体いつ、彼女と逢っているのですか」と、いらんお節介を呟かれた。

(アリアと会うのはお互いの仕事が終わった後なのだが、答えは求められていなかったので黙っていた)


 屋敷では国立学科大学の教授だと以前アリアに教えられた男に呼び止められた。藤色の瞳に疑いの色を滲ませたその男は、女性に花を贈ることの意味がわかるかと尋ね、「女性を泣かせる男に彼女は渡せない」などと宣戦布告をされた。

(見習いとはいえ庭師、花を贈ることの意味は当然知っている。アリアに贈るのだって特別な日だけと決めているくらいなのだから)


 広場に行くと、アリアが憧れていると言って憚らない術師(デフィーノ)が待ち構えていた。いつものように笑った顔で「お探しの人なら温室にいるよ」と教えてくれたが、温室にはアリアではなく師匠がいて、仕事をサボるなと怒られた。

(確かに師匠を探すことは多いが、今日は探していなかった。彼はなぜ師匠の居場所を教えてくれたのだろうか)


 術式研究棟近くで暁姫を見かけ、アリアの居場所を尋ねしようとしたら黒い鎧の騎士に阻まれた。いや、彼は別に何かをしたわけではないが……無言で睨まれた。それ以上近づけない何かを感じて、結局その場を立ち去るしかなかった。

(相当の剣の使い手らしいが、話した事もないのになぜ睨まれたのかよくわからない。しかし……怖かった)


 そこまで思い返して、ベイは扉の方へ視線を向けた。ガヤガヤと人の気配が近づいている。

「……すから……誤解……どうか……」

「それを……して……通してもらう!」

 師匠の慌てた声と、それを遮る凜とした声。若々しくも堂々としたそれに聞き覚えがあり、ベイは慌ててベッドから飛び起きた。


 出迎えようとして扉へ駆け寄ったが、ベイが触れるより早くそれは開かれ、彼はとっさにその場に跪いた。


 剥き出しの木の壁、木の床、木の扉、裸の照明器具。飾り気のない内装の中でも、その男は眩しいほどに輝いて見える。

 ベイと師が任されている庭の主人、直接の雇い主。ファルシオ・ディアス・セルナディア、その人だ。

「庭師見習いのベイだな?」

 頭上がかけられる声に、小さく返事をする。

「尋ねたいことがある。正直に答えろ。……暁姫との関係だ」

「関係、でございますか」

 つい数時間前に、似たようなことを訊かれた気がする。嫌なものを感じながら、ベイは正直に答えた。

「中庭などで少しお話をさせていただいております」

「それだけか?」

 やはり、同じようなことを訊かれている。そしてアリアはこの後、泣き出したのだ。

 答えたくない、と思っても、答えないわけにはいかないだろう。ベイは真っ青になりながらも、口を開いた。

「お庭の植物に興味をお持ちのご様子でしたので、そのご紹介をさせていただいております。先日、ジリスの花を差し上げたところとても喜ばれまして―」

「なんだと?!」

 ファルシオの怒声に、ベイはひぃっ、と声を上げ、額を床につけんばかりの勢いで頭を下げた。なんてことだ、と呟く師匠の声に、何がそんなにいけなかったのかと自分の言葉を思い返してみるが。

…………さっぱり、わからない。


 膠着した空気を打ち破ったのは、一人の少女の声だった。

「あれ?ファル?」

 ひょこりと廊下から顔を出したのは、まさしく今話題の中心になっていた人物、暁姫悠樹だ。ベイは床を見つめたまま心の中で天を仰ぎ、これ以上事態が悪くならない事を祈った。

「悠樹?……なぜここに」

 慌てた声で問うファルシオの声に、悠樹が不思議そうに答える。

「アリアに、大事な話があるからって言われて案内されたの。……てか何、この騒ぎ」

 アリアの名に、ぴくりとベイの肩が揺れた。恐る恐る顔を上げると、目の前にファルシオと悠樹が並んで立ち、部屋の入り口には師匠である庭師と執事、そして―

「アリア……」

 ぽつり、その名を呼ぶ。

 彼女の瞳には昼間見た怒りはなく、ただ悲しみだけが深く刻まれている。無言で見つめあう二人には気付かず、ファルシオは悠樹に問いかけを続けていた。

「悠樹、お前はこの男を……その、なんだ……」

 言いにくそうに言葉を切り、首を傾げる悠樹から視線を逸らす。

「『運命の人』と呼ぶほど、その男を慕っているのか?」

 きょとん、と悠樹の目が見開かれた。唇がファルシオの言葉を反芻するように動き、そして、胡乱げに彼を見上げる。

「……私がそんなくっさいセリフ、言うはずないでしょ?」

「え?!」

 疑問の声を上げたのはファルシオではない。アリアは大きな目をさらに大きく見開き、ベイから悠樹へと視線を動かした。

「今朝、ベイのこと、『運命の人』だっておっしゃいましたよね」

「え?誰が?私が?やだ、そんなこと言うはずないじゃん。って言うかベイって誰?」

 ケラケラと笑って否定して、今更のように悠樹が問う。女性二人が問答を繰り返すのを、無視された形になった男たちが見つめていた。

「ベイはベイです。そこに伏している庭師です」

「庭師さん、ベイさんっていうんだ」

「……ご存知、ではなかったのですか?」

 驚いたように聞き返すアリアに、悠樹はこくりと頷く。

「何回か話したことあるけど、名前は初めて聞いたよ。……え、何その反応」

 アリアは両手で頬を押さえていた。わずかに青ざめていはいるが、まぁどうしましょう、と言わんばかりの仕草は、ベイだけでなく悠樹も目を奪われるかわいらしさだ。

「では、あの、今朝の……ベイ・トゥーベンをご存知と言うのは……」

「今朝?」

 首を傾げ斜め上を見上げる悠樹。その様子を、ファルシオはどこか遠い目で、ローミッドはなんとなく冷めた目で、二人の庭師は意味がわからないといった目で見つめている。


 やがて、悠樹の脳裏に、朝のやりとりが蘇ってきた。

『悠樹様、あの、実は紹介したい人がいるのです』

 頬を赤らめてエプロンの裾を握るアリアはそれはもう可愛かった。某電気街の街角に立たせたら、カメラ小僧が殺到して大パニックだろうなー、なんてことをぼんやり思いながら、悠樹は彼女を見つめ、その先を促した。

『私の幼馴染で、その、ベイ・トゥーベンと言うのですが……』

 確かに彼女はそう言った。だから悠樹も答えたのだ。

『あ、その人なら知ってる』

 そこまで思い出して、悠樹ははっと息を飲んだ。あの直後からアリアの様子がおかしくなって、急に部屋を出て行ったのだ。

 きょときょとと左右を見回して、両手を自分の頬に当てる。こちらはどちらかというと、かの有名なムンクの『叫び』に近い残念な雰囲気だ。

「違う違う!『運命の人』じゃなくて『運命』の人!!ベートーヴェンは庭師じゃなくて作曲家!」

「「「「はぁ?!」」」」

 その場にいた、悠樹を除く全員の声が揃った。


 庭師見習い、ベイ・トゥーベン。

 悠樹の世界に、彼に良く似た名の有名な作曲家がいたということ。

 彼の代表作に、『運命』と呼ばれる曲があるということ。


 それらの事実をセルナディアの人々が知るまで、あと少し。

正確に言うのであれば、

「その人なら知ってる。交響曲第5番ハ短調、通称『運命』の作曲者でしょ、有名人だもん。」

といったところでしょうか。

ベイ氏に対する男性陣の態度と、好きなことを好きなように書いただけという、お礼と言うのもおこがましいシロモノですが、感謝の気持ちは込めたつもりです。。。


お読みいただきありがとうございました。

本編もどうぞよろしくお願いいたします。

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