一筋の光明-5
フィルドを見送って周囲を見回す。
ファルシオとシルクはテーブルに広げた地図に線を書き入れながら真面目な顔で何かを話し合っていた。漏れ聞こえる内容は、王城の敷地を取り巻く魔獣が住む森の範囲など、周辺の変化についてらしい。シェリスはすでに席を立ち、東屋の外へ視線を向けていた。ファルシオの警護という彼の職務に戻っていることは、その背中からもわかる。
そして残る一人は、と、姿の見えない人物を探して、東屋を出る。中庭へと続く小径にその後姿を見つけて咄嗟に走り出した。
「ローミッドさん!」
声を上げると、彼は足を止め、身体ごと振り返った。駆け寄ってくる悠樹を待って、小さく頭を下げる。
「いかがなさいましたか」
「あの、ここまで連れてきてくれてありがとうございました」
弾む息で言い切り、その勢いのままに頭を下げる。その、年齢よりも幼い彼女の仕草にローミッドの口元が緩んだ。が、一瞬でそれを収めると小さく首を振る。
「私は自分の仕事をしただけです。お礼を言われるようなことは何もありません」
「でも黙っててくれたでしょう?私が……迷ってたって」
「おや、迷っていらっしゃったのですか?」
逆に問い返されて、悠樹は目を瞬かせた。
彼と出会った廊下が、本来自分がいるべき場所ではないところだったことは、彼の表情からなんとなく察していた。
(だって、あのときのローミッドさんの顔……絶対、びっくりしてた)
顔色を伺うように見上げると、ローミッドは再び目を細めた。底のない深い海を思わせる青い瞳がいたずらっぽく笑う。
「なるほど、それで使用人用の連絡通路にいらっしゃったのですね」
(……しようにん、れんらくつうろ……?)
言われた言葉を反芻する。
反芻して、理解して、かあぁぁぁぁっと、頬を赤く染めた。
慌ててポケットから屋敷の見取り図を取り出してみるが、そこには当然使用人通路など記載されていない。
「その見取り図はお客様に屋敷の案内をするためにご用意したものです。お客様が歩かれる通路しか記載しておりませんのに、それをお持ちの悠樹様がなぜあの場所にいたのか、実はずっと気になって――」
「ああああああの!あの!」
東屋にいたときとは打って変わって饒舌になったローミッドを遮って、悠樹は彼を見上げた。
「あの、誰にも言わないでもらえますか……?」
「さて。どうしましょうか」
くすりと笑うと、ローミッドの表情がすっと変わった。元通り、穏やかな笑みを浮かべて東屋へと顔を向ける。
「あまり長く話していては殿下に妬かれてしまいます。お戻りください」
促されて振り向けば、こちらの様子を伺っていたらしいファルシオと目があった。慌てて視線を逸らす王子と、そんな彼の頭を小突く大学教授の姿に手を振り返して。
もう一度ローミッドに念を押して東屋に戻り始めた悠樹の心には、すでに暗い影は残っていなかった。