白い世界-2
「……なんなの、コレ」
ふらりと後ずさる。その違和感に悠樹はまた、息を飲んだ。
足は確かに動いた。それなのに、トラックとの距離は変わっていない。
もう一度。視線を落とし、足下を見て。
(右……左……)
左右の足を交互に動かし、二歩、後ろに下がる。下がった、はずだった。
だが顔を上げてみれば、そこには相変わらずトラックがあった。
「……なんで?」
友人たちが待つ向かい側へ歩き出してもトラックは常に隣にあり、横断歩道を渡りきることはできない。自然とその歩みは早足になり、駆け足になり、やがて狂ったように走りだすことになっても、その状況が変わることはなかった。
(なんで?どうして?)
答えのない問いが口をつく。泣きそうになりながら周りを見渡しても、白い群像は何も言わず、何も動かず、ただ、変わらずそこに存在しているだけだ。
「誰か!誰かいませんかー!」
たまらなくなって叫ぶ。
「いませんかー……いませんかー」
答えるのは、ヤマビコのように反響する、悠樹自身の声。それが、この世界にたった一人きりなのだと突きつけるようで、悠樹はまた走り出した。
(嘘。なんなの、これ)
「誰か答えて!返事をして!」
「えて……をして」
こだまする自分の声と息遣い。それだけがこの世界に存在するすべてのような気がしてくる。
どこにも行けない。
だれも答えない。
何も、変わらない。
(やだ……やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ)
滲む視界を認めないために目を見開き、不安を言葉にしないために唇を噛み、悠樹はひたすら足を動かした。走って、走って、走り続けて、そしてぴたりと立ち止まった。
「こんなのやだよ。……誰か助けてよ!!」
気が狂いそうな静寂の中で呟いた時。
「助けてあげようか〜?」
突然、恐ろしく暢気な声が聞こえた。
(え……今、なんて……ていうか……)
「誰か、誰かいるの?」
何重にもエコーのかかった声はどこから話しかけてきているのか判断がつかない。左右を見渡しながら、悠樹は姿の見えない相手に話しかけた。
「いると言えばいるのかもしれないけど、いないと言えないこともない、かなぁ」
(どっちだよ)
思わず心中でツッコミを入れる。だがそれは、それだけ悠樹の心に余裕が戻った証拠。言葉を交わす事のできる存在が、このモノクロ世界にいるということに少しだけ安堵して、小さく息を吐き出した。そして顔を上げる。
戯れのように言葉を紡ぐのは子供の声。悠樹から見える範囲にはそれらしき姿は見えないが、自分以外の存在を感じられた事は、悠樹にとって大きな一歩だ。たとえ実際には、1ミリも動けていないとしても。
「これ一体どうなってるの?本当に助けてくれるの?」
声が通るように少し上を向いて話しかけると、声の主は小さく笑った。
「助かるかどうかは君次第。このあとの人生、君に選ばせてあげるよ。」